コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「ワトソン、実を言うとこの時僕は自分の調査に失望していた。僕は儀式書が言及する場所を一旦見つけることができれば、この事件は解決すると予想していた。しかし今や我々はそこに到達したが、この一族がここまで入念に注意をして隠したものが何かについては、よく分からなかった。僕がブラントンの運命を明らかにしたのは事実だったが、しかし次に、その運命がどのようにして彼に降りかかったか、そして失踪したレイチェルはこの件にどのように関わっているかを確かめる必要があった。僕は部屋の隅にあった樽に腰を降ろし、事件全体を念入りに考えた」

「君はこういう場合の僕の方法を知っているだろう、ワトソン。僕は自分自身をブラントンの立場に置き、そして、まず彼の知能を念頭に置いて、自分が同じ状況下にあればどのようにするかを想像してみた。この事件では、ブラントンの知能がまさしく第一級なので問題は単純化されていた。それによって天文学者が呼ぶところの観測の個人差を一切考慮する必要がなくなった。ブラントンは何か価値のある物が隠されている事を知った。彼はその場所を見つけた。彼はそれを覆う石が重すぎて、誰の助けも借りずに一人で動かすのはちょっと無理だと分かった。彼は次にどうするか。彼に信頼できる人間がいたとしても、外部の人間の手を借りるには家の中に招き入れる必要があり、発見される事を考えれば、大変な危険を冒す事になる。可能であれば、家の中の者を協力者とする方がよかった。しかし誰に頼めるか。レイチェルは自分にぞっこんだった。大抵の男は、どんなにひどい扱いをしたにせよ、その女性の愛が覚めたとは思いたくないものだ。彼はちょっとした思いやりをかけてレイチェルとの仲を修復しようとしただろう。それから彼女を共犯者として取り込んだ。二人は、夜になると一緒にあの地下室に行っただろう。そして二人がかりなら、あの石を持ち上げる事ができただろう。ここまではこの目で見たかのように、彼らの行動をたどることができる」

「しかし彼ら二人にとって、 ―― 一人は女性だった ―― 、この石を持ち上げるというのは大変な作業だったに違いない。屈強なサセックスの警官と僕の二人がかりでも全く容易なことではなかった。これを補うために、彼らはどうしたか?おそらく僕ならやるようにしたはずだ。僕は立ち上がって床に散らばっている色々な薪を慎重に調べた。すぐに予想していたものが見つかった。一本は約3フィートの長さで、片側の端に大きくへこんだ跡がついていた。ほかの数本は何か非常に重いもので圧縮されたように横が平らになっていた。彼らが石を持ち上げる時、最終的に這って入れる程の大きさに開くまで、薪を隙間に詰め込んだのは明かだ。そして、その開口部に一本の薪を渡して固定しただろう。下にある石の角に対して、持ち上げた石の重さが全部そこにかかったわけだから、薪の一番下の部分が大きく凹んだとしても不思議はない。ここまではまず間違いないだろう」

「では次に、僕はどのようにこの真夜中の事件を再構成すればよいか?明らかに穴に入れるのは一人だけだ。そしてそれはブラントンの役だ。レイチェルは上で待っていたはずだ。ブラントンはそれから箱の鍵を開け、その中身を手渡した。中身はまだ見つかっていないので、これは推察になるが。・・・・それから、・・・・それから何が起きたか?」

「自分にひどい仕打ちをした男が手中にあるのを見た時、この情動的なケルト女性の心にくすぶっていた復讐の火が突然炎となって燃え上がった。おそらく、我々が思うよりもはるかにひどい仕打ちを受けたのだろう。薪が滑って石が落ち、彼の墓となる場所にブラントンが閉じ込められたのは偶然だったのだろうか。ブラントンの運命に関して黙秘していた事だけがレイチェルの罪だったのか?それとも彼女の手が突然支柱を弾き飛ばし、厚板を元の場所にバタンと倒したのか。どちらにしても、宝物を抱えたレイチェルが、曲がりくねった階段を狂ったように駆け上がる姿が僕には目に浮かぶ。不誠実な恋人が窒息によって死に至るまでの、くぐもった叫び声と、石の厚板を叩く音が、おそらく彼女の耳に後ろから鳴り響いていたはずだ」

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「次の日の朝、レイチェルが真っ青な顔で、動揺し、ヒステリックな笑いをしていた秘密はこれだったのだ。しかし箱の中には何が入っていたのか?彼女はそれをどうしたのか?もちろんそれはマスグレーヴが沼から引き揚げた古い金属と小石に違いない。彼女は逃げる途中、自分の犯罪の証拠を一番手近な沼に投げ込んでいたのだ」