コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「遂にチャンスがやってきた。俺が馬車でトーキー・テラスを行き来していた時だ。俺は、奴らの戸口の前を辻馬車が通りかかったのを目にした。奴らはそれに乗ろうと、呼び止めた。まもなく、荷物が運び出された。しばらくしてドレバーとスタンガーソンが出てきて乗り込み、出発した。俺は非常に落ち着かない気持ちで、馬に鞭をくれて見失わないようにつけた。俺は奴らが住処を変えようとしているのではないかと心配だった。奴らはイーストン駅で降りた。俺は馬をボーイに預けて、プラットホームまで追いかけた。奴らがリバプール行きの列車について尋ねているのが聞こえた。そして車掌はそれがちょうど出たところで、次のは何時間か後だと答えた。スタンガーソンはイライラしているようだったが、ドレバーは喜んでいるようだった。俺は人ごみの中で非常に接近していたので、彼らが話していることが全て聞き取れた。ドレバーは自分でやりたいちょっとした用事があると言い、相棒に、待っていればすぐに戻ってくると言った。スタンガーソンはそれを諌め、ずっと一緒に行動すると堅く決心した事を指摘した。ドレバーは繊細な用事なので一人で行く必要があると答えた。俺はスタンガーソンが何と言ったか聞き取れなかったが、トレバーは猛然と罵り出した。そしてお前はただの使用人に過ぎないから、でしゃばって指図するべきでないと指摘した。これで、秘書は割りの合わない仕事をやめ、もし最終列車に間に合わなければ、ハリディのプライベートホテルで落ち合うことにしようとだけ打ち合わせをした。これに対してドレバーは、十一時前にプラットホームに戻ってくるつもりだと答えた。そして駅を出て行った」

「俺が長い間待ち望んでいた瞬間が遂に来た。俺は敵を手中にした。二人ならお互いを守れるかもしれないが、一人ずつなら俺の思うままだ。しかし、俺は不用意に事を急がなかった。既に計画を練ってあったのだ。あの犯罪者が誰に襲われ、そしてなぜ懲罰が下ったのか、これに気づく時間を与えない限り、復讐心は満たされない。俺は、自分をコケにした男に、昔の罪から逃れられなかったのだと、理解させることが出来る計画を組み立てていた。たまたま数日前、ブリクストンロードの家を何軒か管理する仕事をしている男が、鍵を一つ馬車の中に落としていった。その夜、落し物の照会が来て鍵は返した。しかしその間に俺はその型を取り、複製を作らせていた。これを使って、俺はこの大都会に少なくとも一ヶ所、邪魔の入らない場所を手に入れた。この時、俺が解決しなければならない難問は、どうやってドレバーをその家に連れて行くかという事だった」

「奴は道を歩いて行き、一、二軒の酒場に入った。最後の所では30分近くいた。出てきた時、奴は足がもつれており、明らかに出来上がっていた。俺のすぐ前に馬車がいて、奴はそれに声をかけた。俺はその馬車にぴったりとついた。俺の馬の鼻先が奴の御者から一ヤード以上離れることはなかった。馬車はウォータールー橋をガタガタと越え、さらに何マイルか道を進み、驚いた事に、もう一度奴が下宿していた家に戻ってきた。俺は、どういうつもりで奴がここに帰ってきたのか想像もつかなかった。しかし俺はさらに進み続け、家から100ヤードかそこら先で馬車を止めた。彼は家に入り、馬車は走り去った。水を一杯もらえんかな。話していると口がやけに乾く」

私がコップを手渡すと、彼は飲み干した。

「ちょっとましになった」彼は言った。「さて、俺は15分かそれ以上待っていた。その時突然、家の中で格闘が始まったような大きな音がした。次の瞬間、扉がパッと開いて二人の男が現われた。一人はドレバーで、もう一人は俺が見たことがない青年だった。この青年はドレバーの襟首をつかみ、踏み段の一番上まで来た時、ドレバーをぐっと押して蹴り上げた。それでドレバーは道の半ばまで飛び出た。『このケダモノが!』彼はステッキをトレバーに向けて振りながら叫んだ。『無垢の娘を侮辱したらどうなるか教えてやる』青年は非常に興奮していたので、あの意気地なしがよろめきながらも、全力で逃げていなかったら、ドレバーを杖で打ちのめしていたと思う。奴は通りの角まで走り、俺の馬車を見つけると、呼びつけて飛び乗った。『ハリディのプライベート・ホテルまで行け』彼は叫んだ」

「俺が奴をしっかりと馬車の中に入れた時、俺の心臓は非常に高鳴り、この最後の瞬間になって動脈瘤が破裂しないかと心配になった。俺はどうするのが一番いいか色々考えながら、ゆっくりと馬車を走らせた。俺はただちに奴を郊外に連れて行って、どこか人気のない道で最後の話し合いをしようと思い、ほとんどそう決めかけていた。その時、奴は俺のためにその問題を解決してくれた。奴は、また酒が飲みたいという発作に襲われ、俺に安酒場の外で停めろと指示した。彼は待っていろと言い残して入っていった。そこで奴は閉店時間まで居残り、出てきた時はへべれけに酔っぱらっていた。俺は獲物を手中にしたと悟った」

「俺が奴を無慈悲に殺すつもりだったとは想像しないでくれ。もしそうしたとしても間違いなく正義の行いに過ぎなかっただろう。しかしそうすることは出来なかった。俺は長い間、もし奴がその機会を利用するなら、奴には生き延びるチャンスを与えると決めていた。俺はアメリカで放浪していた時、色々な仕事に就いたが、一度ヨーク大学の研究室で用務員と掃除人をやったことがある。ある日、教授が毒物について講義をしていて、生徒達にある種のアルカロイドを見せた。彼はそれが、南アメリカの矢毒から抽出した非常に強力な毒で、どんなに少量でも摂取すると即死すると話していた。俺はこの薬を入れている瓶を突き止め、誰もいない時に少し失敬した。俺は製剤も非常に上手かったので、このアルカロイドを小さな水溶性の丸薬に仕立て、それぞれの丸薬を、毒を入れていないそっくりな丸薬と一緒に箱に入た。俺はその時心に決めていた。チャンスが来た時、あいつらはそれぞれ、この箱の中から一つを選び出す。そして俺は残りを飲む。この毒は完全に致死的で、ハンカチに包んで拳銃を発射するみたいに音は出ない。その日から俺はいつも丸薬の入った箱を持ち歩いていた。そしてここで、それを使う時が来たのだ」