コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「時刻は12時を過ぎて一時に近かった。荒れて風が強く、ひどい雨の降る寂しい夜だった。外は憂鬱だったが、俺の心は嬉しかった、 ―― 非常に嬉しかったので純粋な歓喜から叫び声を上げかねなかった。もしあんた達の誰かが、何か願いがあり、それを20年間待ち焦がれ、突然手の届くところに来たのが分かれば、俺の気持ちも理解できるだろう。俺は葉巻に火をつけ、神経を安定させようとそれをふかした。しかし手が震え、コメカミが興奮でうずいた。馬車を走らせながら、俺はジョン・フェリアー老人と愛するルーシーが暗闇の向こうから、俺をじっと見て微笑みかけるのが、この部屋であんた達を見るようにはっきりと見えた。俺がブリクストンロードの家の前に馬車を停めるまで、ずっと二人は俺の前の馬の両側にいた」

「人影はなく、雨が滴る音以外、何の物音もなかった。俺が窓から中を覗きこんだ時、ドレバーが体を丸めて酔って寝ているのが分かった。俺は奴の腕をゆすり『降りる時間ですよ』と言った」

「『あいよ、運ちゃん』奴は言った」

「奴は指示したホテルについたと思っていたようだ。それ以上、何も言わず降りたからだ。そして庭を俺に付いて来た。奴はまだちょっとフラフラしており、俺は奴をしっかりさせるため、脇を歩かなければならなかった。俺たちが戸口に来た時、俺はそれを開いて奴を正面の部屋に入れた。誓って言う。この間ずっと、あの父と娘は俺たちの前を歩いていた」

「『やけに暗いな』奴は足を踏み鳴らして言った」

「『すぐに明かりをつけましょう』俺はマッチを擦り、それを持ってきたロウソクに押し当てながら言った。『さあ、イーノック・ドレバー』俺は彼の方に向き直って続けた。そして明かりを自分の顔にあたるように掲げて言った『誰か分かるか?』」

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「彼は酔ってぼんやりした目で、一瞬俺をじっと見た。その時、その目から恐怖がはじけ出し、全身がガタガタ震えるのが見えた。俺が誰か分かったのは明らかだった。奴は真っ青になってよろよろと後ろに下がった。そして、歯をガタガタと震わせて、額からは汗が吹き出ているのが見えた。その様子を見ながら、俺は扉にもたれて大声で何時までも笑ってやった。ずっと復讐は甘美なはずだと思っていたが、これほどの充足感は予想していなかった」

「『ゲス野郎!』俺は言った。『俺は追いかけてきたぞ。ソルトレイクシティからサンクトペテルブルグまでな。しかしいつもお前は俺から逃げた。今、遂にお前の放浪は終わった。お前か俺かのどちらかは、明日の日の出を見ることは決してない』奴は俺が話している間にまだ後ずさりしていた。そして、その顔つきから、奴は俺を狂っていると考えている事が分かった。この時はそうだっただろう。コメカミの鼓動はでかいハンマーで殴られるようで、もし幸いにも、鼻血がどっと吹き出てこなければ、俺はきっと何か、発作を起こしていただろう」

「『ルーシー・フェリアーについて、今どう思っている?』俺は扉に鍵をかけ、奴の鼻先で鍵を揺らして叫んだ。『懲罰が巡って来るのは遅かった。しかし遂にお前に追いついた』俺が話している時、奴の臆病な唇が震えているのが見えた。命乞いをしようとしていたかもしれない。しかし奴はそれが無意味だとよく悟っていた」

「『俺を殺害する気か?』彼は口ごもって言った」

「『何が殺害だ』俺は答えた。『狂った犬を殺害するなどと、誰が言う?俺の愛する女性に対して、お前が慈悲をかけたことがあるのか。父親を惨殺して引き離し、呪われた恥知らずなハーレムに連れて来たのは誰だ?』」

「『父親を殺したのは俺じゃない』彼は叫んだ」

「『しかしお前だ、無垢な心を引き裂いたのは』俺はあの箱を奴の前に突き出して怒鳴った。『偉大なる神に裁きをつけてもらおう。選んで飲め。一つには死が入っている。もう一つには生が入っている。俺はお前が残したものを飲む。さあ確認しようじゃないか。地上に正義と言うものがあるのか。それとも偶然が支配しているのか』」

「奴は狂ったように叫んで縮こまり慈悲を請った。しかし俺はナイフを取り出して喉元に突きつけ、従わせた。その後、俺は残りを飲み干した。ほんの僅かの間、俺達はどちらが生き、どちらが死ぬか、判明する瞬間を待ち、黙って向き合ったまま立っていた。忘れられようか。初めて痛みの兆候が現れて、毒を飲み込んだのが自分だと分かった時、奴の顔に浮かんだ表情を。それを見て俺は笑った。そしてルーシーの結婚指輪を奴の目の前に差し出した。しかしアルカロイドの効き目は素早かったので、それは一瞬だった。痛みの発作が表情をゆがめ、奴は自分の前に両手を差し出し、よろめき、その後、ひしがれた叫びを上げ、音を立てて床に倒れた。俺は足で奴をひっくり返し、心臓に手を置いた。動いていなかった。奴は死んだのだ!」