コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「なぜ俺がこの男達を憎むか、あんた方にはたいした問題じゃないだろう」彼は言った。「こいつらが二人・・・・父と娘だ・・・・、の死に関して有罪だと言えば十分だ、そのむくいとして自分の命を奪われたのだ。こいつらが犯罪を犯してから、ここまで時間がたってしまった以上、俺には法律でこいつらを確実に有罪にする手段がなかった。しかし俺はこいつらの罪を知っていた。だから俺は裁判官、陪審員、執行者の全てを一人でやると決心した。もしあんたらに男としての気概があって、同じ立場に立たされたとしたら、きっと同じ事をしたはずだ」

「俺が言った女性は20年前に俺と結婚するはずだった。彼女は無理やりこのドレバーと結婚させられ、それで命を落とした。俺は死んだ彼女の指から結婚指輪を抜き取った。そして、この指輪を死に際のあいつらの目の前に突きつけ、死ぬ前に、罰せられる原因となった罪を思いださせてやると誓った。俺は指輪を肌身話さず持ち歩き、奴と共犯者を捕まえるまで二つの大陸を越えて追跡した。奴らは俺が疲れて諦めると思った。しかしそんなことは出来なかった。もし俺が明日、死んだら、 ―― 非常にありそうだが ―― 、俺はこの世でやるべき自分の仕事を成し終えた、・・・・見事に成し終えた・・・・と思いながら死ぬだろう。奴らは俺の手によって滅んだ。俺には何一つ、望みも願いも残っていない」

「奴らは金持ちで俺は金がなかった。だから俺にとって追跡は簡単ではなかった。俺がロンドンについた時、ほとんど一文無しだった。それで俺は生活の糧を得るために、何かで働かなければならないと気づいた。馬を走らせたり乗ったりするのは俺にとって歩くように自然なものだ。だから俺は辻馬車の事務所に応募し、すぐに採用された。俺は毎週一定額を所有者に払わねばならないが、それ以上はいくらでも自分のものにできた。そんなに多いことはほとんどなかったが、俺はなんとか食いつないだ。一番大変だったのは道を覚える事だ。俺はこれまで作られたあらゆる迷路の中で、この都市が一番ややこしいと思ったよ。しかし俺は地図を横に置き、いったん大きなホテルや駅を見つけた時は、上手くやっていけたよ」

「この二人がどこに住んでいるか突き止めるまでにかなり手間取った。しかし俺は、捜査に捜査を重ね、遂に奴らと巡り会った。奴らは河の向こう側のキャンバーウェルの下宿屋にいた。いったん居所を突き止めれば、もう後は思いのままだと分かっていた。俺は顎鬚を生やしていた。奴らに見抜かれる可能性はない。俺は好機に出会うまであいつらの後をつけまわした。俺は今度こそ、奴らを逃がさないと決心していた」

「それでも危うくあいつらに逃げられそうになった。ロンドンのどこに出歩こうとも、俺はいつもぴったりと後をつけた。ある時は自分の馬車でつけ、ある時は歩いてつけた。しかし馬車が一番だった。そうすれば奴らは俺から逃げられなかったからだ。俺が稼ぐ事が出来るのは、朝早くか夜遅くだけだったから、雇用主への支払が滞り出した。しかし俺は、追い求めている男を捕まえる事ができるなら気にならなかった」

「しかし奴らは非常に悪賢かった。奴らはつけられる可能性があると思っていたに違いない。決して一人で出かけようとしなかったし、日が暮れてからも外出しなかった。俺は奴らの後を二週間毎日馬車で追ったが、一度も二人が別々の場面を見なかった。ドレバーは半分くらいの期間は酔っ払っていたが、スタンガーソンは居眠りするのを見たこともなかった。俺は奴らを夜遅く、朝早く見張ったが、まったくチャンスに巡り合わなかった。しかし俺はくじけなかった。好機がもうすぐやって来るという予感があったのだ。ただ一つ、俺の胸のこいつが、仕事を完遂するより直前に破裂してしまうのだけが怖かった」