覆面の下宿人 4 | ショスコム・オールド・プレイス 1 | ショスコム・オールド・プレイス 2 |
シャーロックホームズは長い間、低倍率顕微鏡に覆いかぶさっていた。突然、彼は背を伸ばし周りを見回して勝ち誇ったように私を見た。
「ニカワだ、ワトソン」彼が言った。「紛れもなくこれはニカワだ。この視野の中に散らばった物体を覗いてみろ!」
私は接眼レンズに身をかがめて自分の目にピントを合わせた。
「その毛はツイードのコートから抜けた繊維だ。不定形の灰色の固まりはゴミだ。左には上皮の薄片がある。真ん中にある茶色のぼんやりしたものは間違いなくニカワだ」
「まあ」私は笑いながら言った。「君の意見に逆らうつもりはないよ。そうだとしても、何が問題なんだ?」
「これは実に見事な証明になる」彼は答えた。「セント・パンクラスの事件で、殺された警官の側で帽子が発見された事は君も覚えているかもしれないな。被疑者は自分のものでないと言い張っている。しかし彼は額縁製造業に携わっていて日常的にニカワを扱っている」
「それは君が調査している事件なのか?」
「いや、ロンドン警視庁の友人メリベールが、僕にこの事件を調べてくれと頼んできた。僕が袖口の縫い目の中の亜鉛と銅の削り滓から硬貨偽造犯を突き止めて以来、彼らは顕微鏡の重要性に気づき始めた」彼は痺れを切らしたように時計に目をやった。「新しい依頼者が来る事になっているんだが、遅れているな。ところで、ワトソン、競馬の知識はあるかな?」
「なくてどうする。傷痍年金の半分くらいをつぎ込んでいるからね」
「では君を僕の『競馬ガイドブック』にしよう。サー・ロバート・ノルベルトンとは何者だ?この名前で何が思い浮かぶ?」
「まあ、そうだなあ。彼はショスコム・オールド・プレイスに住んでいる。僕は一度夏学期をそこで過ごしたから、その土地はよく知っているんだ。ノルベルトンは一度あやうく君の担当分野に足を踏み込みかけたな」
「どんな風にだ?」
「彼がサム・ブルーワーを馬の鞭で打った時だ。この男はニューマーケット・ヒースの有名なカーゾン・ストリートの金貸しだ。もう少しでその相手を殺すところだった」
「ああ、面白そうな男だな!よくそんな風に歯止めが効かない時があるのか?」
「まあ、危ない奴だということで評判だからね。彼はイングランドで最も向こう見ずな騎手だ。何年か前、グランド・ナショナルで二着になった。彼も生まれる時代が遅すぎた男だな。摂政時代なら伊達男だったはずだがね ―― ボクサー、スポーツマン、競馬の賭け、麗人たちの愛人、そして、現在はどん底に落ちて、這い上がれる見込みはまずない」
「見事だ、ワトソン。簡潔な描写だ。知り合いになったような気がするよ。さて、ショスコム・オールド・プレイスについてちょっと教えてくれないか?」
「ショスコム・パークの真ん中にあって、有名なショスコム養育場と訓練施設がそこにあるというだけだな」
「そして主任調教師は」ホームズが言った。「ジョン・メイソンだ。僕の知識に驚く必要はないよ、ワトソン。今開いているのが、彼からの手紙だ。しかし、ショスコムについてもう少し話そう。まだまだ面白い話がありそうだ」
「ショスコム・スパニエルというのがある」私は言った。「どんなドッグ・ショーでも名前があがるイングランドで一番の高級犬種だ。ショスコム・オールド・プレイス夫人の特別の自慢の種だ」
「ロバート・ノルベントンの妻だな、多分」
「サー・ロバートは結婚なんかしていないよ。彼の将来の展望を考えればそれでよかったんじゃないかと思う。彼は未亡人になった姉と暮らしているが、それがビアトリス・ファルダー夫人だ」
「彼の家に姉が同居しているということか?」
「いや、違うよ。あの地所は彼女の亡くなった夫、サー・ジェイムズのものだ。ノルベルトンは全く何の権利も主張できない。一代限り不動産権があるだけで、夫の弟に返還される。それまでは彼女が毎年地代を引き出せるがね」
「では、弟のロバートは多分、その地代を散財しているわけだな?」
「まあ、そんなところだ。抜け目のない奴だから、姉から大部分を搾り取っているはずだ。それでも姉は弟に献身的だと聞いことがあるな。しかしショスコムでどんな問題が持ち上がったんだ?」
「ああ、僕が知りたいのはそれだ。そして今、おそらくそれを話せる人物がやってきたな」
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