コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「僕がどれほど熱心にマスグレーヴの話を聞いたか想像できるだろう、ワトソン。何ヶ月間も手持ち無沙汰だった僕が待ち望んでいたチャンスが、すぐそこまでやって来ているように思えた。僕は心の奥底で、他の人間が諦めた事件でも解決することが出来ると信じていた。そして今、僕はそのことを実証する機会を得たのだ」

「『詳しく聞かせてくれないか』僕は叫んだ」

「レジナルド・マスグレーヴは僕の向かいに腰を降ろし、僕が勧めた葉巻に火をつけた」

「『きっと知っていると思うが』マスグレーヴは言った。『僕は独身だが、ハールストンで非常に大勢の使用人を管理しなければならない。家は旧くてだだっ広く、維持にかなりの手間がかかるためだ。僕は猟場も管理していて、キジ撃ちの時期には招待客を招く習慣になっているので、いくら人手があっても足りないくらいだ。全部で、メイドが八人、コック、執事、下僕が二人、給仕が一人だ。庭師と馬丁はもちろん別にいる』」

「『これらの使用人の中で一番長く務めているのは、執事のブラントンだ。僕の父がブラントンを初めて雇い入れた時、彼は失業中の若い教師だった。しかしブラントンは非常に活動的で性格も良かったので、すぐに我が家で無くてはならない存在になった。ブラントンは育ちが良く、男前で、非常に頭が切れた。彼は我が家に20年間勤めたが、今でもまだ40前だ。ブラントンの見た目と驚くべき才能からすれば、 ―― 彼は何ヶ国語をしゃべる事ができ、ほとんどあらゆる楽器を演奏できる ―― 、彼がこんな立場に甘んじてきたのは不思議だ。しかし僕は、ブラントンが現状に満足していて変化を求める野心が無いのだと思っている。我が家に招かれた客なら誰でも、ハールストンの執事ブラントンは記憶に残っているだろう』」

「『しかし、この模範的に思える男にも欠点が一つある。ブラントンはちょっと女たらしの部分がある。彼のような男なら、静かな田舎地方で女を口説くのが容易だというのは君も想像がつくだろう。ブラントンが結婚していた間は問題が無かった。しかし妻を亡くしてからは、ごたごたの種が尽きなかった。数ヶ月前、第二メイドのレイチェル・ハウエルズと婚約することになったので、私たちはブラントンがもう一度身を固めてくれると期待していた。しかしその後、ブラントンはレイチェルを捨てて、狩猟地管理責任者の娘のジャネット・トレゲリスと付き合った。レイチェルは、 ―― 非常にいい娘だが、興奮しやすいウェールズ気質がある ―― 、ちょっとした脳炎を患って、家の周りをさまよっている、 ―― いや、昨日まではさまよっていた ―― 、まるで抜け殻になったように。これがハールストンでの最初の事件だった。しかし次の事件で、最初の事件などはかき消されてしまった。その事件は執事のブラントンの背信行為と解雇をきっかけとして始まった』」

「『それはこのように起きた。ブラントンの頭が良いことはすでに言ったが、この知能が彼の破滅の直接の原因となった。頭が良過ぎて、自分に何の関係も無い事に対してまで飽くなき好奇心を抱いているように見えるためだ。ほんのちょっとした事件でそのことが分かるまで、僕はブラントンの好奇心がどれほどのものなのか、全く知らなかった』」

「『僕は家がだだっ広くてややこしい造りだと説明した。先週のある日、 ―― 正確に言えば火曜日の夜だ。僕は夕食の後に濃いストレートコーヒーを飲むという馬鹿な真似をして眠れなくなった。何とか寝ようと二時までじたばたしたが、どうしても眠れなかった。だから、読みかけの小説の続きを読むつもりで起き上がってロウソクに火をつけた。しかしその本は玉突き部屋に置いてきていたので、僕はガウンを羽織って本を取りに部屋を出て行った』」

「『玉突き部屋に行くためには、階段をいくつか降り、それから図書室と銃室に続く廊下の端を横切らなければならなかった。僕がその廊下を見下ろして、図書室の開いた扉から明かりがもれているのを見た時の驚きは理解できるだろう。僕は寝室に来る前に、自分自身でランプを消し、扉を閉めていたのだ。当然僕はまず泥棒だと疑った。ハールストン家の廊下には、旧い時代の武器が沢山壁に飾ってある。僕はその中から戦斧を一丁取り上げてロウソクを置くと、爪先立って廊下を渡り、開いた扉から中を覗きこんだ』」

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「『図書室にいたのは執事のブラントンだった。彼はきちんとした服装で安楽椅子に座っていた。ブラントンは地図のような紙片を膝の上に乗せ、手を額に当てて物思いに耽っていた。僕は驚きに声を失って、暗闇からブラントンをじっと見ながら立っていた。テーブルの端に置かれた小さなロウソクが、彼がきちんと着込んでいることが分かるくらいの明かりを投げかけていた。僕が見ていると、突然ブラントンは椅子から立ち上がり、横にある机のところに歩いて行き、鍵を開けて一つの引出しを引っ張った。そこから一枚の紙を取り出し、元の席に戻って来て、その紙をテーブルの横のロウソクの脇に広げると、細心の注意を払って調べ出した。家族の書類をコソコソと調べていることに対する怒りは、ここで限界に達して、僕は一歩踏み出した。するとブラントンは視線を上げて、僕が戸口に立っているのに気付いた。ブラントンはパッと立ち上がり、顔は恐れで真っ青になった。そして彼は最初に調べていた地図のような紙を胸元に突っ込んだ』」

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「『《なるほど!》僕は言った。《これが、お前に信頼を寄せていた我々に対するお返しか。明日、出て行け》』」

「『ブラントンは完全に打ちひしがれた様子で頭を下げると、何も言わずに僕の傍らをそそくさと出て行った。ロウソクはまだテーブルに置いてあった。その光でブラントンが引出しから取り出していた紙がちょっと見えた。驚いた事にそれは全く重要なものではなかった。単に、マスグレーヴの儀式と呼ばれる奇妙な古い式典の中での質問と返答の写しだった。それは僕の家系に伝わる独特の儀式のようなもので、何世紀もの間、マスグレーヴ家の人間が成人するときに執り行われてきた。これは内々の行事で、僕の家系の紋章や家紋のように、ともすれば歴史学者にとってはちょっと興味があるかもしれないが、実用的な価値は全く無い』」

「『その書類については、後でもう一度検討した方がいいな』僕は言った」