マスグレーヴ家の儀式 1 | マスグレーヴ家の儀式 2 | マスグレーヴ家の儀式 3 |
「君は、グロリア・スコット号の事件について覚えているだろう。この事件で僕は、ある不幸な男の運命について君に説明した。僕の生涯の仕事となったこの職業について、初めて僕自身が目を向けるようになったのは、彼との会話の中だった。知ってのとおり、今は僕の名前も広く知られるようになり、大衆にも警察にも、未解明事件の最終法廷として広く認知されるようになった。君が初めて僕と会って、『緋色の研究』で僕を持ち上げてくれた事件の頃も、収入にはつながらなかったとはいえ、僕は既に相当の人脈を作り上げていた。だから、僕が最初はどんなに大変だったか、そしてほんのわずかでも進捗を得るためにどれほど長い時間がかかったか、君はほとんど想像できないと思う」
「僕が初めてロンドンに出てきた時、大英博物館の角をちょっと曲がったところにあるモンターギュー街の部屋を借りた。僕は、より効率的に仕事が出来そうなさまざまな科学の分野を研究して、長すぎる閑散とした時間をつぶしながら、依頼を待った。時々、主に大学の友人からの紹介で事件が持ち込まれた。大学生活の終わり頃になると、僕と僕の手法はかなり評判になっていたからだ。こうした事件の三番目に持ち込まれたのが、このマスグレーヴ家の儀式だ。この事件は奇妙な出来事の連続によって、世間の関心の的となった。そして大きな問題が危険にさらされていたことが判明して、僕が現在の立場に向けて最初の大きな一歩を踏み出すきっかけになったのだ」
「レジナルド・マスグレーヴは僕と同じ大学の学生で、僕とはちょっとした顔見知り程度だった。彼は学生仲間では人気があるほうではなかった。しかし僕はずっと、彼の高慢だと思われている性格は、実は生まれつき極端に内気なのを隠そうとしているだけではないかと思っていた。外見上、彼は非常に貴族的なタイプの男だった。鼻は薄くて高く、目が大きく、物憂げだが礼儀正しい態度をしていた。レジナルド・マスグレーヴはイギリスで最も古いとみなされる家系の一つの末裔だった。しかし彼の家系は16世紀の頃、北部マスグレーヴ家から分離し、サセックス西部に居を構えた分家で、そこのハールストンの領主邸は、おそらく人が住んでいる住宅としてはこの国で最古だろう。レジナルド・マスグレーヴには、生まれたこの家の何かが染み付いているような気がして、彼の青白い鋭い顔や頭の位置などを見ると、僕は灰色のアーチ門や、中立てのある窓や、全ての由緒ある封建時代の名残を連想せずにはいられなかった。彼とは一、二度、何となく話をしたことがあった。そして僕の記憶によると、彼が僕の推理と観察の手法にはっきりと興味を示したことが何度かあった」
「ある朝、マスグレーヴがモンタギュー街にある僕の部屋にやって来るまで、四年間僕は彼と一度も会っていなかった。マスグレーヴはほとんど変わっていなかった。上流階級の青年という出立ちで、 ―― 彼はいつもちょっとめかしこんでいた ―― 、かつてのマスグレーヴの特徴だった静かで人当たりの良い態度もそのままだった」
「『どうしていたんだ、マスグレーヴ?』僕は丁寧に握手した後、尋ねた」
「『多分僕の父が死んだことは聞いていると思う』マスグレーヴは言った。『父は二年前に亡くなった。もちろんそれから僕は、ハールストンの屋敷を管理しなければならなくなった。それに僕はこの選挙区の議員でもある。ずっと忙しかったよ。しかしホームズ、君は僕たちを驚かせた能力を仕事にしつつあると聞いたんだが』」
「『まあね』僕は言った。『自分の才覚で食べていかなければならなくなった』」
「『それを聞いて嬉しいよ。今、君の意見は僕にとって非常に価値がありそうなんだ。ハールストンで非常に奇妙な出来事が起きているが、警察はこの件について何ひとつはっきりさせる事が出来ない。これは途方もなく異常で説明のつかない事件だ』」
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