スリークォーターの失踪 5 | スリークォーターの失踪 6 | スリークォーターの失踪 7 |
古い大学の街に到着した時、既にあたりは暗くなっていた。ホームズは駅で辻馬車をつかまえ、レスリー・アームストロング博士の家まで行くように告げた。数分後、非常に通行量の多い道路に面した大きな邸宅の前で馬車が停まった。我々は中に案内され、そして長く待たされた後、遂に診察室に入ることを認められた。そこで博士は机の後ろに座っていた。
この時、私はレスリー・アームストロングの名前を知らなかったが、これで私がどれほど医学界との接触を失っていたかが分ろうかと言うものだ。今では私も、彼は単にこの大学の医学部長というだけではなく、科学の複数の分野においてヨーロッパで名高い思想家だったことを知っている。しかし、彼の輝かしい経歴を知らずとも、四角い堂々とした顔、もつれた眉の下の思索深い目、そして頑固そうな輪郭の顎の形、 ―― この人物を一目見ただけで感銘を受けないことはありえなかった。深みのある人格の男、敏感な心の人物、厳しく、禁欲的で、自己充足的、畏敬の念を起こさせる男、・・・・これが私のレスリー・アームストロング博士に対する印象だった。彼はホームズの名刺を手にしていたが、視線を上げた。彼の表情にはまったく歓迎の色は見られなかった。
「あなたの名前はうかがっています、シャーロックホームズさん。そしてあなたの仕事も知っています、 ―― まったく感心しない仕事の一つだと」
「その点に関して、博士、あなたはイギリス中の犯罪者全員と同意見ですね」ホームズは静かに言った。
「あなたが犯罪の抑止に尽力している限り、分別ある人間なら誰でもあなたを支援するでしょう。しかし私はその目的であれば、官僚機構で十分事足りるという事に疑問を持っていません。あなたの天職がもっとはっきり非難されるのは、 ―― あなたが私人の秘密を詮索する時、 ―― あなたが隠しておいた方がよい家庭の出来事を暴きたてる時、 ―― そしてあなたが付随的に自分よりも忙しい人の時間を無駄にする時です。例えば今この瞬間、私はあなたとお話する換わりに論文を書いているべきなのです」
「間違いなくそうでしょう、博士。それでもこの会話が論文よりもっと大事だということになるかもしれません。ついでながら、我々はあなたがまったく当然の非難を向けた事と正反対に、私的な事件が大衆に知られる事を防ぐ努力していると申し上げてよいかと思います。一旦ある事件が、全面的に警察の手に委ねられたなら、公になるのを避ける事はできません。あなたは単に私を正規軍の先頭を行く不正規先発工兵とみなしていただいても構いません。私はあなたにゴドフリー・ストーントンについて尋ねるために来ました」
「彼のどんなことを?」
「あなたは彼をご存知ですね?」
「親しい友人です」
「あなたは彼が失踪したことをご存知ですか?」
「ええ、まさか!」彼の博士としての厳しい表情に何の変化も起きなかった。
「彼は昨夜ホテルを出て行きました、 ―― 消息がありません」
「きっと戻ってくるでしょう」
「明日は大学ラグビーの試合があります」
「そんな子供の遊びには何の興味も無い。その青年がどうなったかは非常には関心がある。私は彼を知っているし好感を持っているからだ。フットボールの試合は全く私の眼中にない」
「それではストーントン氏の消息の捜査に対してご協力していただきたい。彼がどこにいるか知っていますか?」
「もちろん知らない」
「昨日以降彼と会いましたか?」
「会っていない」
「ストーントンさんは健康な人でしたか?」
「完全に健康だ」
「これまで彼が病気に罹ったことがあるかご存知ですか?」
「全く知らない」
ホームズは博士の目の前に一枚の紙を突き出した。「ではこの13ギニーの領収書について説明していただけるでしょうね。先月ケンブリッジのレスリー・アームストロング博士にゴドフリー・ストーントンさんが支払ったものです。私は彼の机にあった書類の中からこれを見つけました」
博士の顔は怒りで真っ赤になった。
「君に説明を求められる理由があるとは思えん、ホームズ君」
ホームズは領収書を手帳にしまった。「もし公の場で供述するのをお望みなら、遅かれ早かれその機会が来ます」彼は言った。「すでに私は、警察が公開する必要がある事件を揉み消す事ができると申し上げました。だからあなたは私を信用し、完全に秘密を明かすのが間違いなく賢明だと思います」
「私はその件について何も知らん」
「ロンドンのスタートンさんから何か便りがありましたか?」
「もちろんない」
「やれやれ、 ―― また郵便局ですね!」ホームズは疲れたように溜息をついた。「昨日の夜6時15分にゴドフリー・ストーントンによって、火急の電報がロンドンからあなた宛に発送されました、 ―― 間違いなく彼の失踪に関係している電報です ―― 、それなのにあなたのところに届いていない。これは非常に不届きなことです。僕がこちらの郵便局に行って、間違いなく苦情の手続きをしましょう」
レスリー・アームストロング博士は椅子の向こうでさっと立ち上がった。そして彼の黒い顔は怒りで赤黒くなっていた。
「申し訳ありませんが家から出て行っていただきましょう」彼は言った。「依頼者のマウント・ジェームズ卿に、私は彼にも彼の代理人にも何もする気はないと言ってください。いや、 ―― 話は終わりです!」彼は激しくベルを鳴らした。「ジョン、こちらの紳士方がお帰りだ!」気取った執事が我々を厳しく戸口に案内した。そして我々は通りに出た。ホームズは吹き出した。
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