コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「レスリー・アームストロング博士は実に活力ある個性豊かな人物だ」彼は言った。「僕は高名なモリアーティが遺した隙間をあそこまで埋められそうな人物は見たことがない。もし彼が才能をその方向に向ければだがね。さて、ワトソン、我々はこの愛想のない町で友人もなく立ち往生だ。事件を放棄しない限りここから離れられない。アームストロングの家の真向かいの小さな宿は、我々の仕事にまさにうってつけだ。もし君が正面の部屋を借りて、宿泊に必要なものを買っておいてくれれば、その間に僕はちょっと調査をしてくる」

しかし、このちょっとした調査は結局、ホームズが思っていたよりも長くなり、ほとんど九時近くになるまで戻って来なかった。彼は顔色が悪く、意気消沈し、埃に汚れ、空腹と疲労でへとへとだった。簡単な夕食がテーブルに置いてあった。そして空腹が満たされてパイプに火をつけた時、彼はようやく半ばふざけて、全体としては諦めきった見方をとることができた。それは事件が上手く行かなかった時のいつもの態度だった。馬車の音が聞こえて、彼は立ち上がり窓の外に目をやった。ブルーム型馬車と二頭の葦毛馬がガス灯の輝きの下、博士の扉の前に立っていた。

「三時間外出していた」ホームズは言った。「六時半に出発し、そしてここにまた戻ってきた。半径10から12マイルくらいは行っている。そして彼は日に一度、時には二度出かける」

「開業医なら不思議な事ではないよ」

「しかしアームストロングは実際は開業医ではない。彼は教官で医局長だ。彼は一般診療など構っていない。そんなことをすると著述の妨げになる。ではなぜこんな遠出をするのか。これは彼にとって途方もなくイライラするに違いないのに。そして彼は誰を訪れているのか?」

「彼の御者は・・・・」

「ワトソン、まさか僕が最初に目をつけたのが御者だという事を疑ってるんじゃないだろうな?あいつは生まれつきの悪党か、それとも主人から吹き込まれのかは分からんが、無礼にも犬をけしかけてきた。犬も人間も僕が持っている杖がお気に召さなかったがね。しかしこれで無茶苦茶になったよ。その先はギスギスしていたから、それ以上訊ねる事は問題外だった。僕が知ったことは全部、この宿の庭で親切な住民から得たことだ。博士の日常生活と毎日遠出に出かけることについて教えてくれたのはこの人物だ。その瞬間、彼の言葉を裏付けるように、馬車が戸口に回ってきた」

「後をつけられなかったのか?」

「素晴らしい、ワトソン!今夜は冴えているな。その考えが心をよぎった。君も見たかも知れないがこの宿の隣に自転車屋がある。僕はそこに飛び込んで、自転車を一台確保し、馬車が完全に見えなくなる前に発車することができた。僕は急いで馬車に追いつき、それから100ヤード程度慎重に距離を保ち、街を出るまでその光を追いかけた。かなり進んで、完全な田舎道に出た。その時ちょっと屈辱的な事件が起きた。馬車が停まり、博士が降りてきた。博士は、同じように停まっている僕のところに急ぎ足でやって来て、素晴らしく冷笑的な態度で、道が狭いので馬車が僕の自転車の邪魔にならないか心配だから、先に行って欲しいと言った。あれ以上に見事な言いっぷりはなかっただろうな。僕はすぐに自転車に乗って馬車を通り過ぎ、本道に沿って数マイル進んだ。そしてうまい場所で自転車を停めて、馬車が通り過ぎるかを確認した。しかし全くやって来る様子はなかった。したがって僕が見ていた何本か横道の一つで曲がって行ったのは明らかになった。僕は自転車で引き返した。しかしここでも馬車は跡形もなかった。そして今、君が見たように僕の後から戻って来た。もちろん最初は、この遠出をゴドフリー・ストーントンの失踪に結びつける特別な理由はなかった。ただ一般的な立場として、現時点で我々が目をつけているアームストロング博士に関係している事はなんでも捜査したいと思っただけだ。しかし今、彼はこの外出で誰かつけてくる者がいないかと、油断を怠らずに警戒していることが分かった。この出来事はどうやらもっと大きい意味があるらしい。それをはっきりさせるまで僕は決して諦めない」

「明日二人で一緒につけたらどうだ」

「できるかな?君が思うほど簡単ではないぞ。君はケンブリッジシャーの景色をあまり知らないだろう?ここには隠れるのに適当な場所がない。僕が昨夜通った場所はどこも手の平のように平らで見通しがよい。そして我々がつけようとしている相手は、昨夜非常にはっきりと見せつけられたように、頭が切れる。僕はオーバートンに、ロンドンで何か新しい展開があればこの住所まで知らせてくれるように、電報を打った。それまでの間、我々はただ郵便局の親切な若い女性が、写しを読むのを許してくれたストーントンの緊急電報の相手、アームストロング博士をじっと見張っていることしかできない。彼は青年がどこにいるか知っている、 ―― これは誓ってもいい。そしてもし彼が知っていて、我々がそれを知ることができないのなら、これはこちらのヘマだ。現時点で、彼が得点を稼いだ事は認めざるを得ない。そして君も分かっているように、ワトソン、そんな状態で勝負を投げ出すような僕ではない」