コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「君を待たずにすまないな、ワトソン」ホームズは言った。「しかし覚えているだろうが、今朝ホールダー氏と割に早い時間に約束したのでね」

「おや、もう九時過ぎか」私は答えた。「ベルの音がしたようだが、あれがホールダー氏でも不思議じゃないな」

思った通り、それはホールダー氏だった。私は彼の変化に驚いた。ホールダー氏の顔は本来大きくがっしりした形だったが、今はしなびて落ち窪み、個人的な印象だが、少なくとも髪には白髪が増えたように感じた。ホールダー氏は疲れきり、無気力な様子で入って来た。その様子は昨日の朝の荒々しい態度よりも、なお哀れを誘った。ホールダー氏は私が押し出した肘掛け椅子にがっくりと、崩れるように腰を降ろした。

「これまで、こんなに辛い目に遭わされた記憶はありません」ホールダー氏は言った。「たった二日前までは、私は何も気掛りがない幸福で裕福な人間でした。今は孤独で不名誉な老人です。初めの不幸が終わらぬうちに、また新しい不幸がやってきました。姪のメアリーに見放されました」

「見放された?」

「そうです。今朝気付いたら、メアリーのベッドには寝た形跡がなく、部屋は空になっていました。そして広間のテーブルの上に書置きが残っていました。私は昨夜、怒りからではなく、嘆きから、もしメアリーが息子と結婚していたら、息子にとってすべてが上手く行ったのかもしれない、などとメアリーに言ってしまいました。おそらく、あんな事を言ったのは考えが足りなかったのです。この手紙の中で触れているのもその事でしょう」

「親愛なる伯父様」
「私は伯父様にご迷惑をおかけしました。もし違った行動をとっていれば、この恐ろしい不幸が起こらなかったのかもしれません。こういう思いを心に抱いたままこの家でもう一度幸せに暮らす事は、私にはできません。そして私は永遠に伯父様の元を離れるべきだと決めました。私の将来はなんとかなりますので、心配なさらずに。そしてなによりも、私を探さないで下さい。それは無益なことですし、私にとって辛いことです。命があっても無くても、永遠に」
「愛を込めて」
「メアリー」

「この書置きはどういう意味でしょう、ホームズさん?自殺の危険があると思いますか?」

「いえ、そういうことはありません。多分、これが一番いい解決方法でしょう。ホールダーさん、間違いなくあなたの災難は終わりに近づいています」

「え!なんとおっしゃいました?ホームズさん、あなたは何か情報を入手したのですね。何か分かったのですね!宝石はどこですか?」

「一個あたり千ポンドでは高すぎはしないでしょうね?」

「一万ポンドでも払います」

「その必要は無いでしょう。三千ポンドで十分です。それからちょっと賞金がありましたね。小切手帳はお持ちですか?ペンはここです。四千ポンドと書いていただければ結構です」

ホールダー氏は当惑した表情で要求された小切手を切った。ホームズは机に行くと、三個の宝石がついた小さな黄金の破片を取り上げ、テーブルの上に投げ出した。