唇のねじれた男 10 | 唇のねじれた男 11 | 青い紅玉 1 |
「これをお話するのは初めてです。私の父はチェスターフィールドの校長をしていました。そこで私は素晴らしい教育を受けました。私は若い頃旅行し、舞台が好きになり、遂にはロンドンの夕刊紙の記者になりました。ある日、編集長がロンドンの物乞いに関する連載記事を計画し、私はそれを書くことを志願しました。これが私の妙な経歴が始まるきっかけとなりました。それはただ記事の材料を集めるために、素人が乞食の真似をしてみるというだけでした。私が俳優をしていた時、もちろん扮装のコツを全て習いました。そして楽屋で有名になるほど上達しました。この技術は非常に好都合でした。私は顔に色を塗り、そして自分を可能な限り惨めにするため、肉色の絆創膏の切れ端を使って、て大きな傷を作って唇の端をねじるように固定しました。それから赤毛の髪とそれらしい衣装を着て、ロンドンの商業地域でうわべはマッチ売りで実は物乞いとして座っていました。7時間私は精を出して働きました。そして夜になって家に帰って、驚いたことに26シリング4ペンス*も稼いだことに気付きました」
「私は記事を書き、この件にはそれ以上関心がありませんでした。しばらくして、私は友人の手形の保証人となり、25ポンド*の支払命令書を受け取りました。その金をどうやって作るか困り果てました。しかし、突然ある考えが浮かびました。私は債権者に二週間の猶予を頼み、会社に休暇を願い出て、変装してシティで乞食をして過ごしました。10日で負債を返せるだけの金を得ました」
「さあ、一週2ポンド*で厳しい仕事に精を出すのが、どれほど辛かったかあなたも想像できるでしょう。顔をちょっと汚く化粧し、帽子を地面に置き、じっと座っているだけで、同じ金を一日で稼げるのが分かっていたんですから。それはプライドと金の長い戦いでしたが、結局金が勝ちました。私は記者の仕事を投げ捨て、私が初めに選んだ街角に毎日座りました。幽霊のような顔で哀れを誘って、ポケットいっぱいの銅貨を貰いました。一人だけ私の秘密を知っている男がいました。それは、私がスワンダム・レインで下宿していた下劣な窟の管理者でした。そこで私は毎朝汚らしい乞食として現れ、夜になるときちんとした身なりのおしゃれな男に変身できました。このインド水夫には部屋代を奮発していたので、彼に知られても、私の秘密が漏れる心配はないと分かっていました」
「さて、すぐに私はかなりの大金が貯まって行くことに気付きました。私はロンドンの町の乞食はだれでも年に700ポンド*稼げると言うつもりはありません。私の平均収入はこれ以上でした。しかし私には変装する能力という例外的な強みがあり、練習によって上達した軽妙な受け答えの才能もありました。そして私はシティで極めて有名になっていました。一日中ひっきりなしにペニー銅貨や、時には銀貨が、私の帽子に投げ込まれました。よほどひどい日でないと、2ポンド*稼げないという事はありませんでした。
私は金持ちになるに連れて野望が膨らみました。誰にも私の本当の職業を感づかれることなく、郊外に家を構え、最終的には結婚しました。私の妻は私がシティで仕事をしていることは知っていました。しかし何かについてはほとんど知りませんでした」
「この前の月曜日、私は一日の仕事を終え、アヘン窟の上の部屋で着替えていました。その時、窓から外を覗くと、なんと驚いたことに、妻が通りに立ちこちらをじっと見ているのです。びっくりして叫び、顔をかくそうと腕を上げ、友人のインド人水夫のところに行って、私のところにやって来る人間を止めてくれるように頼みました。階段の下で彼女の声が聞こえました。しかし彼女が上がって来れないのは分かっていました。すぐに私は顔に化粧をしてカツラをかぶり、服を脱いで乞食の衣装に着替えました。妻の目でも見抜けないほど変装は完璧でした。しかしその時、部屋が捜索されて、そして服からばれるかもしれないという考えが心によぎりました。私は窓をさっと開けましたが、荒っぽく開けたため、その朝寝室で怪我をしていた傷口がまた開いてしまいました。次に私は、物乞いの成果を入れて持ち運んでいた革のバッグから、銅貨を重石として上着のポケットに入れ、窓から投げ捨てました。それはテムズ川に沈んで消えました。他の服もそうするつもりでしたが、その時警官が階段を駆け上がってくる音が聞こえました。そして数分後、私にはかなり救いだったのですが、ネビル・セント・クレアと見破られる代わりに彼の殺人者として逮捕されました」
「これ以上、私の方から説明することがあるか分かりません。私は自分の変装を出来る限り長く隠しておく決意でしたので、汚い顔のままでいたがりました。妻が死ぬほど心配するに違いないのは分かっていましたので、巡査が誰もこちらを見ていない隙に、私は指輪を抜き取って、妻に心配しなくてもよいと走り書きした手紙と一緒にインド人水夫に預けました」
「その手紙は昨日届いたばかりだ」ホームズは言った。
「そんな!妻はこの一週間どんな気持ちで過ごしたことか!」
「警察はこのインド人水夫を見張っていました」ブラッドストリート警部は言った。「彼が警察に見つからずに手紙を投函するのが難しかったというのは、よく分かりますね。おそらくインド人水夫はそれを水夫の客に手渡して、そいつが何日かまったく忘れていたんでしょう」
「そうでしょうね」ホームズは同意するようにうなずいて言った。「まず間違いないでしょう。しかし君は物乞いで起訴されたことがないのか?」
「しょっちゅうでした。しかし罰金は何でもありませんでした」
「しかしここでもう止めてもらわんと」ブラッドストリートは言った。「もし警察がこれをもみ消せば、もうヒュー・ブーンは存在してはならない」
「神に誓って、二度と致しません」
「そうであれば、たぶんこれ以上の捜査は必要ないだろうな。しかし、もしもう一度見つかれば、全てが明るみに出る。ホームズさん、この事件を解決していただいて、警察はあなたに大きな借りができましたね。あなたがどうやってこの事件を解決できたのか、お聞かせいただければありがたいですね」
「僕がこの結果にたどり着いたのは」ホームズは言った、「枕五つの上に座りシャグタバコ一オンスを消費することによってです。ワトソン、もしベーカー街まで飛ばせばちょうど朝食に間に合う時間じゃないかな」
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