赤い輪 8 | 赤い輪 9 | ブルース・パーティントン設計書 1 |
30分後、四人でルッカ夫人の小さな居間に行き、偶然結末を目撃することになった邪悪な事件の驚くべき話に耳を傾けながら、椅子に座っていた。彼女は早口で滑らかに語ったが、非常に型やぶりな英語だった。それを分かりやすくするために、ここでは私が文法を修正しよう。
「私はナポリ近くのポシリポ*で生まれました」彼女は言った。「そして私はオーガスト・バレリの娘です。父は主任弁護士で、かつてその地方の代表者でした。ジェナーロは私の父に雇われていましたが、私はどんな女性でもきっとそうなるように彼を愛する事になりました。彼には財産も地位もありませんでした、 ―― 美しさと強さと活動力以外には何もありませんでした、 ―― だから父は結婚させませんでした。私たちは一緒に逃げました。バリで結婚しアメリカに行くお金を得るために私の宝石を売りました。これが四年前です。そして私たちはそれからずっとニューヨークにいました」
「最初はとても幸運でした。ジェナーロは、あるイタリア紳士の下で働くことができました。彼はバワリー街と呼ばれている場所で、何人かのならず者からそのイタリア紳士を救いました。それで強力な支援者を得ました。イタリア紳士の名前はティト・カスタロッテでした。カスタロッテ&ザンバという大きな商社の社長で、ニューヨークの主要な果物輸入業者でした。ザンバさんは病弱で、このカスタロッテが会社の全権を握っていました。三百人以上の従業員がいました。彼は私の夫を雇い入れ、ある部門の長にしました。そして彼は何かにつけて夫に良くしてくれました。カスタロッテさんは独身で、私は彼がジェローナを自分の息子のように感じていたと思います。そして夫も私も彼を父親のように愛していました。私たちはブルックリンに小さな家を買って家具をそろえ、将来はすべて安泰に思えました。その時、黒雲が現れてすぐに空いっぱいに広がりました」
「ある夜、ジェナーロが仕事から帰ってきた時、彼は同郷の男を連れて帰ってきました。名前はゴルジアーノで、彼もポシリッポの出身でした。死体をご覧になったのであなた方も分かったでしょうが、彼は巨大な男でした。体が巨大なだけでなく、すべてがグロテスクで、巨大で、恐ろしい男でした。彼の声は私たちの小さな家では雷のようでした。話しているときに手を振り回すとほとんど空間に余裕がありませんでした。彼の考え、彼の感情、彼の衝動、全てが大げさで巨大でした。彼は他の人間がものすごい言葉の奔流におびえ、黙って聞く以外できない荒々しさで、話しました、というよりもうなりをあげました。彼の目が睨みつけると相手は思い通りになりました。彼は恐ろしく謎の男でした。彼が死んで神に感謝します!」
「彼は何度もやってきました。やがて私はジェナーロが私以上に彼がやってくるのが嫌だと気づきました。かわいそうに、訪問者がよく話題にする政治や社会問題の果てしないうなり声を聞きながら、私の夫は青ざめて物憂げでした。ジェナーロは何も言いませんでした。しかし私は、彼を非常に知っている人間として、彼の顔にこれまで見たことのない感情が表れているのを読み取ることができました。最初私はそれを嫌悪だと考えました。しかしその後、徐々に、私はそれが憎悪以上のものだと分かりました。それは恐怖、 ―― 深い、秘密の、消耗するような恐怖でした。その夜、 ―― 私が彼の恐怖を読み取った夜 ―― 、私は彼に腕を回して彼に懇願しました。彼の私に対する愛にかけて、彼がいとおしいと思うもの全てにかけて、私に何も隠し立てしないで、なぜこの巨大な男が彼をそんなにまで暗くさせるのかを話すようにと」
「彼は私に話しました。そして私は聞いているうちに心臓が凍る思いがしました。かわいそうなジェナーロは、彼が荒れて気性の激しかった時、世界が全て彼に冷たく思えた時、彼の心は人生の不公平感によって半分狂い、ナポリの結社の赤い輪に入っていました。それは古いカルボナリ党*と関係がありました。この結社の制約と秘密は恐ろしいもので、一度この規則の中に入れば抜けることは不可能でした。私達がアメリカに逃亡した時、ジェナーロは全てを永遠に投げ捨てたと思っていました。ある夜、通りで彼をナポリで結社に入会させたまさにその人間にあった時、彼の恐怖はどんなものだったでしょうか。巨人のゴルジアーノ、彼は南イタリアで『死』の異名をとっていた男です。彼は肘まで殺しの血に染まっていました!彼はイタリア警察を避けてニューヨークに来ていて、すでに彼の新しい住処に恐ろしい結社の支部を結成していました。ジェナーロはこれをすべて私に話し、その日受け取った召喚状を見せました、上には赤い輪が描かれていて、ある日、支部会が開かれることを彼に告げていました。そして彼がそれに参加することは要求であり命令でした」
「これでも十分に悪い事態でしたが、もっと悪いことが起きようとしていました。私はちょっと前から気づいていました。ゴルジアーノが家に来た時、 ―― 彼は夜しょっちゅう来ていましたが ―― 、彼は私に色々と話しかけてきました。そして彼は夫と話している時でも、あの恐ろしいぎらぎらした野獣のような目を、ずっと私のほうに向けていました。ある夜、彼の秘密が明らかになりました。私は彼が自分の中で『愛』と呼んでいるものに気づかされました、 ―― 野獣の、野蛮人の愛に。ジェナーロは彼が来た時まだ戻っていませんでした。彼は強引に入ってきて、大きな腕で私をつかみ、熊が抱えるように私を抱きしめました、ところかまわずキスし、そして彼と一緒に来るように頼みました。私がもがき悲鳴を上げていると、ジェナーロが入ってきて彼に襲い掛かりました。彼はジェナーロを打ちのめして気絶させると家から逃げ、二度と家には来ませんでした。私たちはあの夜恐ろしい敵を作ったのです」
「数日後、会合が開かれました。ジェナーロはそこから帰ってきた時、何か恐ろしいことが起きたことは彼の顔が語っていました。それは私たちの想像を絶するとんでもない事でした。結社の資金は裕福なイタリア人をゆすり、金を出すのを拒んだ場合は暴力で脅すことで豊富になっていました。どうやら、私たちの大切な友人であり恩人の、カスタロッテさんが、狙われたようでした。彼は脅しに屈服するのを拒み、警察に連絡していました。彼には他の犠牲者が反抗することを防ぐように見せしめになってもらうことが決議されました。会合で、彼を家もろともダイナマイトで吹き飛ばすことが合意されました。誰がそれをやるかということでくじ引きが行われました。ジェナーロはバッグの中に手を入れた時、敵が残酷な顔をして彼に微笑みかけているのを見ました。間違いなく何らかの方法であらかじめ仕組まれていました。彼の手の平にあったのは殺人指令の恐ろしい赤い輪が欠かれた円盤だったからです。彼は最も親しい人間を殺さねばなりませんでした。さもなければ彼は自分と私を仲間の報復の危険にさらすことになります。これは彼らが恐れているか憎んでいるものを罰する悪魔のような流儀の一環でした。その人間自身を傷つけるだけではなく、彼らが愛している人間をも傷つけるのです。そしてこの事が、かわいそうなジェナーロの頭に恐怖としてまとわりつき、彼を心配でほとんど狂わんばかりにしていました」
「私たちは一晩中抱き合い、目の前にある困難をお互いに勇気付け合って一緒に座っていました。次の夜が襲撃の日に決められていました。昼までに夫と私はロンドンに向かいました。しかしその前に、彼は私たちの恩人に危険のすべてを連絡していました。そして将来にわたって彼の命を保証できるように、警察に情報を渡しました」
「その後は、あなた方もご存知でしょう。私たちは敵が影のようにつけてくるということを確信していました。ゴルジアーノは個人的に復讐する理由がありました。しかしそうでなくとも、私たちはどれほど彼が冷酷で、ずるくて、不屈かを知っていました。イタリアとアメリカは彼の恐ろしい能力の話でいっぱいです。これまでその能力が発揮されてきたのなら今度もそうなるはずです。夫は私たちが機先を制したおかげで出来た数日の安全な日を利用して、どんな危険が起こっても私には届かないという方法で私の隠れ家を用意しました。彼自身は、アメリカとイタリアの警察に連絡を取れるかもしれなかったので自由に行動することを望みました。彼がどこでどのように暮らしていたか分かりません。私が知ったのはすべて新聞記事を通じてでした。しかし一度窓越しに外を見た時、二人のイタリア人がこの家を見張っているのが見えました。だから私は何らかの方法でゴルジアーノが私たちの隠れ家を突き止めたと分かりました。ついにジェナーロは新聞を通じて、ある窓から信号を送ると私に言いました。しかし信号が来た時、それはなんと警告でした。それは突然中断されました。今では私には良く分かります。彼はゴルジアーノがぴったりとついていたのを知っていました。そして、神よ、彼はゴルジアーノが来たときその用意が出来ていました。そして今、私たちが法律を恐れるようなことがあるか、この世のどんな裁判官が私のジェナーロをこの行為のために罰そうとするか、聞かせていただけますか?」
「さて、グレッグソンさん」アメリカ人が警部を見ながら、言った。「あなた方イギリス人がどのような見方をするのかは分かりません。しかし私はニューヨークならこの女性の夫は素晴らしい感謝決議を受けるだろうと思います」
「彼女は私と一緒に来て署長に面会する必要があるでしょうね」グレッグソンは答えた。「もし彼女の話が裏付けられれば、私は彼女も彼女の夫もそんなに怯えることはないと思います。しかし私が皆目見当がつかないのは、ホームズさん、いったいどうしてあなたがこの事件に関与することになったかです」
「勉強だ、グレッグソン、勉強。古い大学でまだ知識を求めているんだ。さあ、ワトソン、君はコレクションに加える残酷で恐ろしい事件をもう一つ手にした。ところで、まだ八時前だ。そしてコベントガーデンではワグナーをやっている。もし急げば、二幕に間に合うかもしれないな」
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