コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「ジョン・ターナーさんです」ホテルのウエイターが我々の居間の扉を開けて、訪問者を招き入れながら叫んだ。

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部屋に入ってきたのは奇妙で印象に残る男だった。彼のゆっくりと引きずるような歩き方と曲がった背中は、もうろくした様子だが、それでも、厳しく深い皺の刻まれたいかつい顔つきと大きな手足は、彼が肉体的にも精神的にも非凡な強さを持っていることを示していた。もつれたあごひげ、白髪混じりの髪、そして突き出して垂れた眉は、全体として、彼の外見に尊厳と力強さを与えていた。しかし彼の顔は灰のように白く、唇と小鼻の端は青い色合いを帯びていた。彼が何か致死的な慢性病にかかっていることは、私には一目で分かった。

「ソファにお掛けください」ホームズは丁寧に言った。「私の手紙は届きましたか?」

「ああ、番小屋の管理人が届けてくれた。君は不名誉を避けるために私とここで会いたいと書いたな」

「もし私がお宅に行けば、人の噂になると思いまして」

「それで、なぜ私と会いたいのだ?」ターナー氏はあたかもその答えを知っているかのように、絶望的な目つきでホームズを見た。

「その通り」ホームズは質問の内容よりもその視線に対して答えて言った。「そういうことです。私はマッカーシーに関して全て分かっています」

老人は顔を手で覆い沈み込んだ。「許してくれ!」彼は叫んだ。「だがわしは、あの青年に害が及ぶのを黙っているつもりはなかった。わしの話を聞いてくれ、もし巡回裁判で彼に不利な判決が出た場合に、わしが言おうとしていたことだ」

「それを伺えてなによりです」ホームズは重々しく言った。

「わしに愛する娘がいなかったら、とうに話していた。娘の心は傷つくだろうな、わしが逮捕されたら娘の心は傷つくだろう」

「そうはならないかもしれません」ホームズは言った。

「なんですと?」

「私は当局のものではありません。私をここへ呼んだのはあなたのお嬢さんだということを心得ています。そして、私は彼女の利益のために行動しているのです。しかしながら、マッカーシーさんは釈放されなければなりません」

「わしの寿命はもう長くない」ターナーは言った。「何年も糖尿病を患っておる。医者はあと一ヶ月生きられるか分からない*と言っている。しかしどうせなら監獄よりも自分の家で死にたい」

ホームズは立ち上がってテーブルの前に腰を降ろした。ペンを手に、紙の束をテーブルに置いていた。「私たちには真実を話していただきたい」ホームズは言った。「私が事実を書き留めましょう。あなたがそれにサインをして、ワトソンが証人となる。そうすれば、マッカーシーを救うための最後の手段として、僕はあなたの供述書を提出できる。本当に必要となるまで決してそれを使わないと約束しましょう」

「結構だ」老人は言った。「わしが巡回裁判まで生きられるかは疑問だから、わし自身にとっては対した問題ではない。しかしアリスがショックを受けることはできれば避けたいと願っている。では、今からあなたに何もかもはっきり言いましょう。非常に長い間かかって起きた出来事だが、話せばそんなに長くはかからないだろう」

「君は死んだ男、マッカーシーのことを知らんだろう。奴は悪魔の化身だ。これは言っておきたい。奴のような男の毒牙にかからんようにしたまえ。わしはこの20年来あいつに捕まって、そしてあいつはわしの人生を台無しにした。君にはまず、どのようにしてわしがあいつに屈することになったか説明しよう」

「それは1860年代初めの採掘現場でのことだ。わしはまだ熱くなりやすくて向こう見ずで、何でもやってみたくてうずうずしている若い小僧だった。わしは悪い仲間と一緒になり、酒を飲み始め、自分の所有権のある所からは金が出なかったので、山賊になった。簡単に言えば、こちらで言うところの追い剥ぎになった。6人組で、我々は荒れた勝手気ままな生き方をしていた。時々牧場に強盗に入ったり、採掘に行く荷馬車を道で襲ったりしてな。バララットのブラックジャックという通り名で呼ばれていた我々一味のことは、いまだに植民地ではバララット・ギャングという名前で記憶に残っている」

「ある日、バララットからメルボルンに金を運ぶ馬車の一隊がやってきた。そして我々は待ち伏せして襲った。6人の警察官対我々6人だった。だから非常に兵力が接近していたが、我々は最初の一斉射撃で4人を撃ち落とした。しかし、金を奪う前にこちらも3人やられた。わしは御者の頭に拳銃を突きつけた、それがこのマッカーシーだったのだ。ここであいつを撃っておいたらと神に祈る。しかしわしはマッカーシーの命を奪わなかった。あいつの邪悪な小さい目が、まるで全ての特徴を覚えておくぞと言わんばかりにわしの顔をじっと見つめていたのにだ。我々は金を奪って去った。金持ちとなり、疑われることなくイギリスに戻った。そこでわしは仲間と別れ、落ち着いて静かで尊敬される暮らしをしようと決めた。たまたま売りに出されていた屋敷を買い、自分の金でそれを入手した方法の埋め合わせにちょっと良いことをしようと思った。わしは結婚もした。しかしわしの妻は愛するアリスが小さいうちに若くして死んだ。アリスがまだ赤ん坊の頃、その小さな手が、どんなものよりも、わしを正しい道に導いてくれるように思えたものだ。一言で言えば、わしは心を入れ替え、過去の償いをするために全力を尽くした。全ては順調だった。そこへマッカーシーがわしに喰らいついてきた」

「わしは投資の件で街に出かけ、そしてリージェント街でマッカーシーに会った。ろくにコートも着ず、靴も履いていなかった」

「『よう、ジャック』マッカーシーはわしの腕に触れながら言った。『俺たちは家族同様になろう。こっちは俺と息子の二人だ。俺たち二人を保養できるだろうな。もししないというなら、イギリスが法治国家というのは素晴らしいな。呼べばすぐ来てくれるところにいつもおまわりがいる』」

「それで、奴らは西部地方に来た。振り切る方法はなかった、それ以来、奴らは一番いい土地に無料で住んでいた。心休まる時はなく、心の平和もなく、忘れられる時もなかった。どこに行こうとも、マッカーシーのずるそうな、にやっとした顔がわしのすぐ側にあった。アリスが成長するにつれて事態は悪くなった。マッカーシーは、すぐにわしが警察よりも娘に過去を知られることを恐れていることに気づいた。何でも欲しがるものは渡さねばならなくなった。何であろうとも、わしはだまってくれてやった。土地、金、家、遂にマッカーシーがわしが絶対に渡せないものを要求するまでは。彼はアリスを要求したのだ」

「マッカーシーの息子は、知っているとおり、大きくなっていた。わしの体が弱っていることは知られていたので、娘をものにすれば奴の息子が全てを引き継ぐに違いないというのは、奴にとってうまい手に見えたようだ。しかし、わしは断固として反対した。わしは彼の呪われた血筋が自分のものと交わるのを許すつもりはなかった。マッカーシーの息子を特に嫌いなわけではなかったが、奴の血が息子に流れているだけで十分だった。私は反対し続けた。マッカーシーは脅した。私は、彼の最悪の脅しにも屈しなかった。我々はこの件について、家の間にある池で会うことになっていた」

「わしがそこに行くと、奴は息子と話していた。だからわしは葉巻を吸って、奴が一人になるのを木の後ろで待った。しかしマッカーシーが話すのを聞いているうち、わしの中の邪悪で冷酷なものが湧き上がってくるような気がした。マッカーシーは息子にわしの娘と結婚しろとけしかけていた、娘がどう考えているかなど拝み見ようともせず、あたかも娘が路地裏の売春婦であるかのようにだ。わしと、わしが最もいとおしいと思うものが、こんな男の言いなりにならねばならないと思うと、わしは怒りに狂った。この足かせをぷっつりと断ち切ることはできないのか。わしはすでに死にかけで、やぶれかぶれだった。精神は明晰で五体は十分強いが、わしは自分に先がないことを知っていた。しかし、わしの死後の名誉は、それにわしの娘はどうなる!もしわしがこの汚い口を黙らせることさえできれば、両方とも救われる。わしはそうしたのだ、ホームズさん。もう一度でもやるだろう。わしは非常に重い罪を犯した。わしはそれを償うために、苦難の人生を送った。しかし娘が自分と同じ罠に掛からなければならないというのは、わしには耐えられん。わしはマッカーシーを打ち殺した。汚らしい毒獣を殺す以上に良心の呵責を覚えることはなかった。奴の叫び声で息子が戻ってきたが、わしは森の中に隠れた。しかしわしは逃げる時に落としていたマントを取りに戻らざるをえなかった。これが事件全体の本当の姿だ」

「さて、あなたを裁くのは私の役割ではない」ホームズは老人が口述筆記書にサインしているとき言った。「こんな誘惑にかられたくはないと願いますな」

「わしもだ。それでどうするつもりだ?」

「あなたの健康を考えれば、何もないですね。あなたはすぐに巡回裁判よりも上級の法廷で自分の行いについて弁明しなければならないことにすでにお気づきだ。私はあなたの告白書を持っていましょう。そして、もしマッカーシーの息子が有罪になるなら使わざるをえません。しかしそうでないなら、これは決して人の目には触れません。そしてあなたの秘密は、あなたの生死にかかわらず、我々の元で安全に保管されます」

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「さらばじゃ、それでは」老人は厳粛に言った。「あなたが亡くなる時が来れば、わしに与えた平和を思って、より安楽になれるでしょう」巨体をぐらつかせ震わせて、老人はよろめきながらゆっくりと部屋を出て行った。

「どういうわけだ!」ホームズは長い沈黙の後に言った。「なぜ運命はあわれで無力な虫たちに、このようないたずらをするのか?僕は、これほどバクスターのこの言葉を思わせるような事件を知らない。『神のご加護がなければ、シャーロックホームズもこうなるのだ*』」

ジェームズ・マッカーシーは弁護士がホームズから聞き出して提出した数々の異議申し立てが功を奏し、巡回裁判で無罪となった。ターナー氏は我々との会談から7ヶ月生き長らえた。しかし今では既に故人となっている。そして、この息子と娘は二人の過去にかかる黒い雲を知ることなく、共に幸せに暮らすことになる見込みである。