コンプリート・シャーロック・ホームズ
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ライダーは乾いた唇をなめた。「事実をそのままお話いたします」ライダーは言った。「ホーナーが逮捕された時、私には宝石をすぐに持ち出すのが最善に思えました。何時、警察が私や私の部屋を捜索しようという気になるかもしれませんでした。ホテルの周りには安全な場所はありませんでした。私は何か用事があるふりをして外出し、姉の家に向かいました。姉はオークショットという男と結婚し、ブリックストン・ロードに住んでいました。そこで市場用に家禽類を育てていました。歩いている途中、私が出会った男は全部警官か探偵のように見えました。そして、寒い夜だったにも関わらず、ブリックストン・ロードに着くまで私の顔からは汗が吹き出ていました。姉は私に何事か、そしてなぜそんなに顔色が悪いのかと尋ねました。しかし私は姉に、ホテルの宝石強盗で動転したと言いました。そして私は裏庭に行ってパイプでタバコを吸いながら、どうするのが一番良いか考えていました」

「昔友達だったモーズリーという男がいました。彼は悪事に走り、ペントンヴィル刑務所から出てきたばかりでした。ある日彼と会い、窃盗のやり方と、彼らがどうやって盗んだものを処分するかという話になりました。一つ二つ彼の秘密を握っていたので、彼が私に忠実なのは知っていました。だから私はすぐにモーズリーが住んでいるキルバーン行き、彼に秘密を打ち明けようと決心しました。モーズリーは私にどうやって宝石を金に替えるかを教えてくれるだろうと思いました。しかし、どうやってモーズリーのところまで安全に行けるか?私はホテルからここに来るまでにどれほど大変な思いをしたか、考えてみました。私はいつ逮捕されて捜索されるかもしれません。そうなれば、その時私のベストのポケットに宝石があることになります。私は壁にもたれて、足の周りをよたよた歩いているガチョウを見ている時、突然、過去最高の探偵でさえも出し抜くことができる、あるアイデアを思いつきました」

「私の姉は何週間か前に、クリスマスプレゼントとしてガチョウを一羽持って行っていいと話していました。そして姉はいつも約束を守ることを知っていました。今、自分のガチョウを選び、その中に入れてキルバーンまで宝石を運ぼう。庭には小さな小屋がありました。その後ろに行って一羽の鳥を追いかけ、尾羽に横縞のある白い大きい立派な一羽を捕まえ、クチバシをこじ開け、指が届くかぎり深く、喉の奥に宝石を押し込みました。鳥はゴクリと飲み込み、私は宝石が食道を通って餌嚢に降りる手ごたえを感じました。しかし鳥は羽ばたいて暴れ、姉が何事かと出てきました。私が姉の方を振り返ったとき、鳥は脱出して他の鳥の中に羽ばたいて行きました」

「『鳥で何をしているの、ジェム?』姉は言いました」

「『ああ』私は言いました。『クリスマスに一羽くれると言っていたから、どれが一番肥えているか確認していたんだ』」

「『まあ』姉は言いました。『あなたのは別にとってあるわ。ジェムの鳥、そう呼んでいるの。そこにいるのよりも大きな白いやつよ。全部で26羽いるけど、一羽はあなたの、一羽はうちの、そして24羽は市場用』」

「『ありがとう、マギー』私は言いました。『しかしもし問題なければ、今私が持っていたガチョウがいいんだが』」「『あなた用の方が丸々三ポンドは重いわよ』姉は言いました。『あなたのために特に太らせたんだから』」

「『いや、いいよ。さっきのにする。今もらっていくよ』私は言いました」

「『まあ、いいようにすれば』姉はちょっと不機嫌に言いました。『それじゃどれが欲しいの?』」

「『群れの真中にいる尾羽に縞のある白いやつだ』」

「『いいわ。締めて持っていって』」

「私は姉の言うとおりにしました、ホームズさん。私はキルバーンに鳥を持っていきました。友人はそういうことを気楽に話せる相手だったので、私はモーズリーにやったことを話しました。彼はむせ返るまで大笑いしました。そしてナイフを持ってきてガチョウを開きました。心臓が凍りつきました。宝石は痕跡も無かったからです。そして私は何かとんでもない間違いをしでかしたと気づきました。私は鳥を置いて、姉の家に急いで戻り、裏庭に飛び込みました。そこには一羽の鳥もいませんでした」

「『鳥は全部どこにいったんだ、マギー?』私は叫びました」

「『卸業者のところよ、ジェム』」

「『どの業者だ?』」

「『コベントガーデンのブレッキンリッジ』」

「『尾羽に縞があるガチョウがいたか?』私は尋ねました。『僕が選んだのと同じような?』」

「『ええ、ジェム、尾羽に縞があるのが二羽いて、見分けがつかなかったわ』」

「その瞬間、もちろんすべてが分かりました。そして全速力でこのブレッキンリッジという男の所に駆けていきました。しかし彼はそれをすぐに売ってしまっていました。そしてどこに行ったかは一言も言おうとしませんでした。あなたは今夜自分でお聞きになったでしょう。ブレッキンリッジはいつも私にああいう風に返事をしました。姉は私を気が狂いだしていると思っています。ときどき、自分でもそう思います。そして今…そして今、私は自分の魂を売って手に入れたいと思った富に触ることも無く、窃盗の烙印を押されています。助けてください!助けてください!」ライダーは突然両手に顔を埋めて引きつったように泣きはじめた。

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長い沈黙があった。ライダーの荒い息づかいと、シャーロックホームズの指先が正確にテーブルの端を打つ音だけが聞こえていた。ホームズは立ち上がってドアをパッと開いた。

「出て行け!」ホームズは言った。

「なんと!天の祝福がありますように!」

「これ以上一言も言うな。出て行け!」

一言も必要ではなかった。ライダーは脱兎のごとく飛び出した。階段の上でドタドタ鳴る音、扉がバンと開く音、道を走り去っていく乾いた足音が聞こえた。

「結局、ワトソン」ホームズはクレイパイプに手を伸ばしながら言った。「僕は警察の人員不足を補うため雇われているわけではない。もしホーナーに危害が及ぶなら話は違うが、しかしあの男はホーナーの反対尋問には現れないだろうし、この公判は維持できないに違いない。僕は重罪を犯していると思う。しかし、これで一つの魂が救われるかもしれない。あいつはもう悪いことには手を出さないだろう。ライダーは心の底から恐怖におののいた。ここであの男を監獄に送れば、一生監獄に行ったり来たりとなるだろう。それに、ちょうど赦しの時期じゃないか。今回は、偶然という依頼人が非常に変わった気まぐれな事件を持ち込んでくれたが、報酬は、それを解決したという事だけだな。そこのベルを鳴らしてハドソン夫人に夕食を持ってくるように頼んでくれ、ワトソン。そろそろ、別の調査にとりかかろう。こっちも、鳥が主役になるな」