「メアリーさんが現場にいる間、息子さんは何をしても愛した女性の恐ろしい罪を暴くことになるため、動けませんでした。しかし彼女が消えた瞬間、息子さんはこれがあなたにとって、いかに壊滅的な災難であり、宝冠を取り戻すのがどれほど重要かということに気付きました。息子さんは急いで階段を降りました。この時彼は裸足でした。息子さんは、窓を開け、雪の上に飛び出し、小道を駆け下り、月夜に黒い人影を見つけました。ジョージ・バーンウェルは逃げようとしました。しかし息子さんはジョージを捕まえ、二人は格闘になりました。息子さんが宝冠の片側を引っ張り、ジョージは反対側を引っ張りました。乱闘の中で、息子さんはジョージを殴りつけ、目の上に傷を負わせました。その時何かが突然折れ、息子さんは、宝冠が手にあるのを見つけて急いで戻り、窓を閉め、あなたの部屋に上ると、格闘中に宝冠がちょっと捻れていたのに気付きました。そして元に戻そうと奮闘している時、あなたがその現場に現れました」
「そんなことがあり得るのか?」ホールダー氏はあえいだ。
「あなたは、息子さんが最も暖かくお礼を言われるに値すると思っていたその瞬間に、悪口で罵って息子さんを怒らせました。息子さんは一人の人間を裏切らずには、この出来事の本当の事情を説明できなかったのです。その人間は間違いなく息子さんが思いやりを掛ける値打ちはありませんでした。しかし、息子さんは騎士道に則った行動をしました。そしてメアリーさんの秘密を守ってやったのです」
「宝冠を見た時メアリーが叫んで失神したのは、そういう理由だったのか」ホールダー氏は叫んだ。「ああ何ということだ!私はなんと馬鹿だったんだ。そして息子が私に五分間外に出してくれと頼んだのは!息子は格闘現場に無くなった破片があるかどうかを見に行きたかったのか。なんと残酷な誤解をしたことか」
「お宅に着いた時」ホームズは続けた。「私はただちに、調査の手助けとなる痕跡が雪の上に残っているかどうかを確認するため、念入りに周辺を調べました。前日の夜以降、雪が降っていないことが分かりました。そして強い寒気で、雪の上の痕跡が残っていることにも気付きました。私は商人が出入りする道に沿って歩いて来ましたが、すべて踏み荒らされて見分けがつきませんでした。しかし、その道をちょっと上がったところ、台所の扉の道から遠い側で、女性が男性と立ち話をしていたような痕跡がありました。男の片方の足跡は丸く、彼が義足である事を示していました。さらに、二人の逢引きは邪魔をされ、女性は急いでドアのところへ走って戻った跡も見つけました。深い爪先の跡と浅い踵の跡がそれを示しています。義足の男は少し待っていましたが、それから立ち去ったようでした。私はその時、これが、あなたが話していたメイドと彼女の恋人の足跡かもしれないと考えました。そして調査の結果それが正しいと判明しました。私は庭をぐるっと回りましたが、警察のものだとすれば辻褄が合う、乱雑な跡以外は何も見つかりませんでした。しかし私が厩舎への道に到着した時、私の目の前の雪に非常に長く複雑な話を物語っているような痕跡が見つかりました」
「ブーツを履いた男の足跡が二筋続いていました。そしてもう一組の足跡は、嬉しい事に裸足の男のものでした。あなたの話から、私はすぐに裸足の足跡はあなたの息子さんのものだと確信しました。最初の足跡は歩いている足跡でした。しかしもう一つは疾走していました。そしてこの足跡は、ブーツの足跡の上からつけられていました。息子さんが別の男の後を追っていたのは明らかでした。私は足跡を追って上がり、それが広間の窓に続いていることを発見しました。その場所で待っている間にブーツの男は、あたり一面を踏み固めていました。それから足跡を逆方向に追って歩いて行きました。小道を百ヤードかもう少し行った所に、ブーツの男が振り返った跡を見つけました。その場所であたかも格闘があったかのように、雪がぐちゃぐちゃになっていました。そして決定的な事に、何滴か血の跡が見つかり、私の予想が間違っていなかった事が分かりました。ブーツの男はそれから小道を駆け下りていましたが、そこに別の小さな血痕があったので怪我をしたのはブーツの男だということが分かりました。ブーツの男の足跡をずっと追って大通りに来た時、歩道の雪が除雪されているのが分かり、手掛かりはそこで終わっていました」
「しかし、あなたも覚えているように、私は家に入って広間の窓の敷居と桟を拡大鏡で調べました。そしてすぐに誰かがそこを踏んだ事が見て取れました。入って来る時に私は、濡れた足が踏みつけた靴底の輪郭線を見分ける事が出来ました。その時、どんな事が起こっていたのか、私は徐々に見解を固める事が可能になってきました。男が窓の外で待っていた。誰かが宝石を持ってくる。この行為は息子さんに目撃される。息子さんは泥棒を追跡し、泥棒と格闘して、両者で宝冠を引っ張り合う。力が合わさって一人の力では起き得なかった傷が宝冠に生じる。息子さんは宝冠を取り戻して帰る。しかし、息子さんは破片を相手の手の中に残して帰った。ここまでは、はっきりしました。次の問題は、その男が誰で、その男に宝冠を持って来たのが誰かです」
「これは私の昔からの公理ですが、ありえないものを取り除けば、何が残ろうとも、いかに信じ難いものであっても、それが真実に違いないということです。今、宝冠を持って下りたのがあなたでないことは分かっています。したがって残るのはメアリーさんと使用人です。しかし、もしメイドだとすれば、なぜ息子さんは現在のように告訴されたままになっているのでしょうか。合理的な理由を見つけることは不可能です。しかし、息子さんがメアリーさんを愛しているのなら、秘密を守らなければならない理由は見事に説明がつきます。その秘密が不名誉なものであれば、なおさらそうです。あなたがあの窓の近くでメアリーさんを目撃していた事、そして彼女が宝冠を見た時にどのように失神したかという事を思い返してみて、私の推測は確信に変わりました」
「それでは誰がメアリーさんの共犯者でありうるのか?明らかに恋人だ。メアリーさんがあなたに感じていたに違いない愛と感謝の気持ちに勝る事が、それ以外の誰にできるだろうか。私はあなた方が、ほとんど外出せず、友達の範囲が非常に限られていると知りました。しかしその中にサー・ジョージ・バーンウェルがいた。私は前からジョージは女性に関して非常に悪い噂のある男だと聞いていました。あのブーツを履いていたのは、そして無くなった宝石を持っているのは、ジョージに違いない。息子さんに目撃されたと分かっていてもなお、ジョージは自分が安全だと自惚れていたかもしれない。あなたの息子さんが何を証言しようとしても、すべて自分の家族の不名誉になってしまうからです」
「さて、私が次にとった行動は、ちょっと考えればお分かりになるでしょう。私は浮浪者の格好をしてジョージの家に行き、なんとかジョージの下僕と知り合いになり、彼の主人が前の晩に頭を切る怪我を負ったことを知りました。そして最後に、駄目押しとして6シリング払ってジョージの古靴一足を買いました。私はそれを持ってストリーサムに出かけ、足跡がぴったりと一致することを確認しました」
「昨日の晩、汚い身なりの浮浪者が小道にいるのを見かけました」ホールダー氏は言った。
「それはまさしく私です。私は犯人を突き止めましたので、家に帰って服を着替えました。その後私は、デリケートな交渉をしなければなりませんでした。スキャンダルを避けるなら、起訴するわけにはいかないというのは分かっていました。そして抜け目のない悪党ジョージはこの一件でこちらに選択の余地がないことに気づくだろうと分かっていました。私は行ってジョージと会いました。もちろん、最初は何も認めようとはしませんでした。しかし私が全ての出来事を細かく話し出すと、ジョージは脅そうとして、壁にかかった護身用の棍棒を手にしました。しかし、私はこいつのことをよく知ってましたので、彼が殴りかかる前に素早く拳銃を頭に押し付けました。それでちょっと聞き分けが良くなり始めました。私はジョージに、持っている宝石を一つ千ポンドで買い戻すと言いました。それを聞いて、ジョージは初めて後悔したような様子を見せました。『畜生!』ジョージは言いました。『三個600ポンドで売ってしまった!』私は告訴しないという約束をして、すぐにそれを売った相手の住所を聞き出しました、そこに行って、さんざん値切り交渉をして遂に一個千ポンドで買い戻しました。その後、私はあなたの息子さんに会いに行き、全て上手く行ったと話しました。本当に大変な一日と呼びたい仕事がやっと終わり、寝室に着いたのは二時頃でした」
「あなたが大変なスキャンダルからイギリスを守った一日です」ホールダー氏は立ち上がりながら言った。「お礼の言葉もありません。しかし、あなたの骨折りに対しては必ずお返しをいたします。あなたの手際は私が聞いていた話をはるかに上回っていました。これから私は息子の所に行って、不当な扱いをした事を謝ります。あなたがメアリーについて語った事は、私の心に突き刺さりました。あなたの手腕をもってしても、メアリーが今どこにいるかは分からないでしょうね」
「これは確実に言えると思います」ホームズは答えた。「メアリーさんがどこにいるにしても、ジョージ・バーンウェルと一緒です。そして同じように確実なのは、メアリーさんにどこまでの罪があるにせよ、二人はすぐに十分過ぎる罰を受けるだろうということです」