「なんでもない、ホームズ。ただのかすり傷だ」
彼は私のズボンをポケットナイフで切り裂いた。
「大丈夫だ」彼はほっとしたため息を深々とついて叫んだ。「傷はかなり浅い」彼の顔は朦朧とした顔で上体を起こした逮捕者を見つめて石のように硬くなった。「お前にとって本当によかったな。もしワトソンを殺していたら、生きてこの部屋からは出られなかった。さあ、何か言いいたいことがあるのか?」
彼は何も言わなかった。ただ座って睨んでいただけだった。私はホームズの腕に寄りかかり、一緒に秘密の跳ね上げ戸から見える小さな地下室を見下ろした。そこはまだエバンズが持って降りたロウソクで照らし出されていた。我々の目に入ったものは、錆びた大きな機械、大きな巻いた紙、散らばった瓶類、そして、小さなテーブルの上にきちんと並べられた沢山の小さな紙包みだった。
「印刷機だ、 ―― 偽札製造道具一式だ」ホームズが言った。
「そうだ」逮捕者は、ゆっくりとよろめきながら立ち上がって椅子に倒れこみながら言った。「ロンドンでこれまでに見たこともない最高の偽札作りだ。それはプレスコットの印刷機だ。テーブルにある包みはプレスコットが印刷した二千枚の偽札で、どこでも通用する100ポンド札だ。あんたら、持って行っていいぜ。俺を逃がしてくれる取引としてな」
ホームズは笑った。
「我々はそんな真似はせんよ、エバンズ。この国にお前の隠れる場所などない。お前はこのプレスコットという男を撃ったんだな?」
「そうだ、そのおかげで5年くらった。俺を撃ったのは奴だったのに。5年だ、 ―― 俺がスープ皿ぐらいにでかい勲章をもらってもよかった時にだぞ。プレスコットの札をイギリス銀行紙幣と見分けられる奴はいない。もし俺が奴を殺していなかったら奴はロンドン中にそれをばら撒いていたはずだ。奴がどこで偽札を作っていたかを知っていたのは世界で俺一人だけだった。この場所に来たいと俺が思ったことが不思議か?そして俺がこの妙な名前の昆虫バカがその真上に居座って部屋を出ようともしないのを見つけた時、こいつを動かすために出来る限りのことをしなければならなかったのを不思議に思うか?多分こいつを始末しておけば賢明だっただろうな。それは非常に簡単なことだったろう。しかし俺は心の優しい人間でな。相手も拳銃を持っていない限りこちらから発砲できないんだ。だが、言ってみろ、ホームズさんよ。一体俺はどんな悪事をしたんだ?俺はこの設備は使っていない。俺はこの老いぼれを傷つけていない。俺に何の罪がある?」
「殺人未遂だけだな、僕が分かる範囲では」ホームズが言った。「しかしそれは我々の仕事ではない。その仕事はこの後、警察が引き受けてくれるだろう。現時点での望みはおまえの身柄だけだ。ロンドン警視庁に連絡してくれ、ワトソン。ある程度予想しているはずだ」
これが殺し屋エバンズと彼の驚くべき三人ガリデブの企みの詳細だ。後になって我々は哀れな依頼人がこの霧散した夢の衝撃から立ち直れなかったと聞いた。彼は、空中の城が崩れ落ちた時、その瓦礫の下に埋まってしまったのだ。ブリクストンの老人ホームにいるというのが彼の最後の消息だった。プレスコットの設備が発見された日は、ロンドン警視庁にとって喜ばしい日だった。警察はその存在を知っていたが、犯人が死んだ後どこにそれがあるかを見つけることが全く出来なかった。エバンズは実際に素晴らしい働きをし、帝国国防委員会のお偉方の何人かが安心して眠れるようになった。ずば抜けた技術を持ったこの偽札製造者はその存在自体が社会の危険となっていたからだ。彼らは喜んでこの犯罪者が言っていたスープ皿大の勲章を与えたであろう。しかし融通の利かない裁判官は、より非好意的な立場をとり、そしてこの殺し屋は、彼が出てきたばかりの日陰へと連れ戻されたのだ。