コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

この言葉の後、その部屋があたかも無人であるかのような、完全な沈黙の十秒が流れた。ストーブに乗せたヤカンの蒸気の音が、鋭く耳障りに鳴っていた。七人の青ざめた顔は完全な恐怖に固まり、彼らを支配したこの男を見上げていた。その時、突然ガラスが粉々になる音がして、ギラギラした銃身の先が、すべての窓を突き破った。ぶら下っていたカーテンは引きちぎられた。

illustration

これを見て、支部長のマギンティは傷ついた熊のような唸り声をあげて、半分開いた扉に向かって駆け出した。そこには、狙いをつけた拳銃が彼を待っていた。その後ろに、鉱山警察のマーヴィン警部の恐ろしい青い目が光っていた。支部長は尻込みし、後ずさりして椅子に戻った。

「そっちの方が安全だよ、議員さん」マクマードとして知られていた男が言った。「おまえもだ、ボールドウィン、もしその手を拳銃から離さなければ、絞首人の手間が省けるだろうな。手を離せ、さもないと、間違いなく俺が・・・、よし、それでいい。武装した警官が40人でこの家を取り囲んでいる。お前達にどんなチャンスがあるか、考えれば分かるだろう。奴らの拳銃を取り上げろ、マーヴィン」

これだけの銃を突きつけられてはどうする事も出来なかった。男達の武器は取り上げられた。不機嫌そうな顔、おどおどした顔、驚きの顔、彼らはまだテーブルの周りに座っていた。

「別れる前に一言、言っておきたい」彼らを罠にはめた男が言った。「おそらく、俺が法廷の証人席に立っているのを見るまで、二度と会うことはないだろうと思う。今からそれまでの間にゆっくり考えてみる材料を与えてやろう。今、お前達は俺が何者か分かった。遂に俺は自分のカードをテーブルに並べたのだ。俺はピンカートン探偵社のバーディ・エドワーズだ。俺はお前達の犯罪組織を解体するために選ばれた。俺は難しく危険なゲームをすることになった。誰にも、誰一人、最も親しく愛しい者にさえ、俺は自分がやっていた事を話さなかった。このマーヴィン警部と社長だけがそれを知っていた。しかし有難い事にそれも今夜限りだ。そして俺は勝ったのだ!」

七人の青ざめた堅い顔が彼を見た。その目にはなだめ難い憎悪があった。彼はその執拗な脅迫を読取った。

「お前達はゲームがまだ終わっていないと思うかもしれない。まあ、それなら受けて立とう。ともかく、お前達の何人かはもうおしまいだ。そしてお前達以外にさらに60人が、今夜監獄に放り込まれる。言っておくが、この仕事を引き受けた時、俺はお前達のような組織があるとは全く思っていなかった。俺は全部ただの作り話で、調査すればそのように証明できるだろうと思っていた。自由民団員として悪事が行われているという話だったので、俺はシカゴに行って入団してみた。その後、俺はより一層ただの作り話だという確信を深めた。この組織が無害で、色々な善行をしていたと分かったからだ」

「それでも、俺は自分の役目を果たさねばならず、この炭鉱の谷にやって来た。この土地に来た時、俺は自分が間違っていた事を知り、聞いていた話が三文小説などでは全くなかったことを悟った。だから俺はここにとどまって調査を行った。俺はシカゴで殺人などしていない。俺は生まれてこのかた、一ドルたりとも偽造していない。俺がお前達に渡したのは本物だ。だがこの金の使い方は最高だった。俺はお前達に気に入られる方法を知っていたから、お尋ね者の振りをしたまでだ。すべて思ったようになったよ」

「こうして、俺はお前らのおぞましい支部に加入し、委員会の一員になった。俺もお前らと同じ悪党になったと言われるかもしらんな。お前達を逮捕できるなら、なんと言われてもいい。だが、それは真実かな?俺が加入した夜、お前達はスタンガー老人を襲った。俺には時間が無かったので、彼に危険を知らせる事が出来なかった。しかし、ボールドウィン、俺はお前がもう少しで殺すという場面で押しとどめた。これまで、俺がお前達の間で自分の立場を維持できるようにと、提案してきた悪事は、防ぐ事ができると分かっていたものだけだ。俺は十分に知らされていなかったために、ダンとメンジーズを助ける事が出来なかった。だが、犯人たちは絞首刑にしてみせる。俺はチェスター・ウィルコックに警告を与え、家を爆破する時、彼と家族は姿を隠していることができた。俺が防ぐ事が出来なかった犯罪は沢山ある。しかし振り返って考えてみろ。襲う相手が違う道を通って家に帰っていたり、お前達が襲撃した時、町に行っていたり、出てくると思った時に家の中にいたりしたことがことがどれくらいあったか。俺の仕事振りがこれで分かるだろう」

「この忌々しい裏切り者が!」マギンティは歯ぎしりをしながらうめいた。

「ジョン・マギンティ、それで気がすむなら俺をそんな風に呼んでも構わんよ。お前やお前のような奴は、神とこの地の人間の敵だった。そのために、お前とお前達が支配していた人々の間に一人の男が必要だったのだ。実行する方法はただ一つしかなかった。そして俺はそれをやったのだ。俺を裏切り者と呼ぶがいい。しかし俺を地獄に舞い降りた救世主と呼ぶ人間も大勢いると思う。俺は三ヶ月かけた。もし国の金庫を俺のために開けると言われても、こんな三ヶ月は二度と御免だ。俺は、全員の秘密を完全にこの手につかむまでは、ここから離れる事ができなかった。もし俺の秘密が漏れ始めているという事が耳に入らなければ、俺はもう少し待っていただろう。一通の手紙がこの町に来た。これを読まれれば、お前達がすべてを感付く危険性があった。だから俺は素早く行動を起こす必要があった」

「これ以上お前達に言う事はない。ただ、自分の順番が来た時、俺はこの谷で成しとげた仕事の事を思えば安心して死ねるだろう。さあ、マーヴィン、もう引き止めはしない。彼らを拘置して仕事を片付けろ」

これ以上話す事はほとんどない。スキャンランはエティ・シャフター宛に渡すための、封書を預かっていた。彼はウィンクし、分かったような笑顔でこの役目を承諾していた。その朝早く、美しい女性と顔をしっかり覆った男性が、鉄道会社が手配していた特別列車に乗った。そして素早く、どこにも止まらずに危険な国から去っていった。これ以降、エティと彼女の恋人が恐怖の谷に足を踏み入れたことはない。十日後、彼らはジェイコブ・シャフターを証人としてシカゴで結婚した。

スカウラーズの裁判は、信奉者の集団が法の番人を脅迫しかねなかったので、遠く離れた場所で行われた。彼らは空しく奮闘した。空しく支部の金が、 ―― 全ての地方から脅迫で搾り取った金だったが ―― 、彼らを救おうと湯水の如く使われた。だが、彼らの生活、組織、犯罪のすべてを詳細を知っている一人の男の、冷静で、明白で、感情を交えない証言は、弁護士達のどんな手練手管にも揺るがなかった。これほどまでに長く続いた支配の後、遂に彼らは打ち砕かれ四散した。谷を覆う雲は永遠に姿を消したのだ。

マギンティは最後の瞬間には泣きわめきながら、絞首台で死を迎えた。彼の主要な追随者8人も同じ運命となった。50余名がそれぞれの期間、懲役刑を受けた。バーディ・エドワーズの仕事は完遂された。

しかし、彼が想像していたように、ゲームはまだ終わらなかった。ゲームの対戦相手はまだまだいた。その一人、テッド・ボールドウィンは、絞首刑を免れた。ウィルビー兄弟もだった。一味の最も残忍な仲間が他に数名、生き残った。十年間、彼らは娑婆から隔離されていた。そしてその後、彼らがもう一度自由になる日が来た。その日は、彼らを良く知るエドワーズが、平穏な人生が終わりになるだろうと覚悟を決めた日になった。彼らは、自分達が神聖と考える全てのものに対して、同志のためにエドワーズの血をもって復讐するとの誓いを立てていた。そして彼らは誓いを守るために懸命の努力をしたのだ!

彼は二度の襲撃を間一髪逃れたが、シカゴから追われる事になった。三回目が成功するだろうことは確実だった。彼は名前を変えてシカゴからカリフォルニアに行った。そしてそこでエティ・エドワーズが死に、彼の人生から希望の光がしばらく消えた。もう一度、彼は殺されそうになった。そしてもう一度彼はダグラスと名前を変え、人気のない谷で働いていた。そこで彼はバーカーというイギリス人の仲間と一緒に、財産を蓄えた。遂に、犬達が彼の後をもう一度追ってきたという危険が知らされた。彼はあわやと言うところで、イギリスに逃げた。そこで、ジョン・ダグラスは素晴らしい相手と二度目の結婚をし、サセックス地区の紳士として5年間の生活を送った。その生活は、我々が既に聞いた奇妙な事件によって、終わりを告げたのである。