バスカヴィル家の犬 3 | バスカヴィル家の犬 4 | バスカヴィル家の犬 5 |
這い寄って来る霧の中のどこかから、小さな、乾いた、連続的なパタパタという音が聞こえた。雲は私達が隠れている場所から50ヤード以内にまで来ていた。そして私たちは三人とも、中からどんな恐怖が飛び出してくるのかまったく分からないまま、その雲を睨みつけていた。私はホームズのすぐ横に陣取り、一瞬彼の顔に目をやった。青ざめ、喜びがみなぎり、彼の目は月光に明るく輝いていた。しかし突然、彼の目は凝視して堅く動かなくなり、飛び出さんばかりとなった。驚きに口が開いた。その瞬間、レストレードが恐怖の叫び声を上げ、ぱっと地面に這いつくばった。私は、はじかれたように立ち上がった。しかし霧の影の中から我々の方に飛び出してきた恐ろしい影を見て、拳銃を持つ手がしびれ、心臓が縮み上がった。それは犬だった。巨大な真っ黒い犬。しかしこんな犬はこれまで誰も見たこともないはずだ。開いた口からは炎が噴出し、目はくすぶった輝きを放ち、鼻先と首回りの毛と喉袋は、ちらちらと揺れる炎に隅どられていた。霧の壁の中から私たちの方へ飛び出してきた、黒い体と獰猛な顔の動物以上に、背筋の凍る獰猛な地獄の獣は、たとえ狂った頭で見る錯乱した夢の中にさえ出てこないだろう。
サー・ヘンリーの足跡を執拗に追っている巨大な黒い生き物は、大きく跳躍をして道の上に降り立った。この怪物の出現に度肝を抜かれ、私たちが冷静さを取り戻す前に、犬は目の前を通り過ぎてしまった。ホームズと私は同時に発砲した。そして少なくとも一発は当たったらしく、恐ろしい犬の悲鳴が聞こえた。それでも犬は立ち止まることなく、弾むように進んでいった。道のはるか先でサー・ヘンリーが振り返るのが見えた。彼の顔は月光の下で白く、自分に向かってくる恐ろしい物体をどうする事も出来ずにただ見つめながら、恐怖に手を振り上げた。
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