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サンペドロの虎!その人物のすべての経歴が一瞬にして私の心に浮かんだ。彼は文明国を自認する国を統治したすべての人間の中で、最も下劣で血に飢えた暴君としてその名を馳せた男だ。頑強で、大胆不敵、そして精力的、彼は醜い悪行を十年から十二年間、怯えた人民に強制できるだけの能力を備えていた。彼の名は中央アメリカ全体の恐怖だった。治世の終りには、彼に対して全勢力が反抗した。彼は無慈悲であると同様に狡猾だった。暴動が起こるという気配を察知するや、彼は秘密裏に財宝を船に積み込み熱心な信奉者を乗せた。次の日に反乱兵たちが襲い掛かった時、宮殿は空になっていた。独裁者、二人の子供、秘書、そして財産のすべてが反政府体制の手を逃れた。その時以来彼は世界から姿を消し、その所在はヨーロッパの新聞でしばしば論評の種となっていた。
「ええ、そうです、ドン・ムリーリョ、サンペドロの虎です」ベインズが言った。「もし思い起こせば、サンペドロの国旗が手紙と同じ緑と白だと気づくでしょう、ホームズさん。彼は自分をヘンダーソンと呼んでいましたが、私は彼の動きをパリ、ローマ、マドリード、そしてバルセロナへと遡りました。彼の船は1886年にやって来ました。反対勢力はずっと復讐のために彼を探して来ましたが、やっと今になって彼らはムリーリョの居所が分かりかけてきました」
「彼を見つけたのは一年前でした」バーネット嬢が言った。彼女は体を起こして、今や熱心に会話を聞いていた。「一度既に彼の命を狙ったのですが、悪魔が彼を守りました。今、またしても、この怪物が無事でいるのに気高く勇敢なガルシアが倒れました。しかし別の人間が来るでしょう。そしてまた別の人間が。いつか正義がなされる日まで。これは明日の太陽が昇るのと同じくらい確かなことです」彼女の痩せた手は握り締められていた。そして彼女のやつれた顔は憎しみの衝動に青ざめていた。
「しかしどうしてあなたはこの件にかかわることになったのですか?バーネットさん」ホームズが尋ねた。「イギリス女性がこんな残忍な事件にどうして参加する事ができたのですか?」
「私がこれに参加したのは全く他に正義が達成される方法がないからです。イギリスの警察がサンペドロで何年も前に流された血の川に、またはこの男に盗まれた船一杯の財宝に、どんな関心を持つでしょう。あなた方にとってこれは別の惑星で行われた犯罪みたいなものです。しかし私達は知っています。私達は、悲しみ、苦しみもだえる真実を知りました。私達にとってジュアン・ムリーリョのような悪魔は地獄にもいません、そして彼の犠牲者がまだ復讐の叫びを上げているかぎり、人生に平穏はありません」
「確かに」ホームズが言った。「ムリーリョはあなた言うような男だった。彼が残虐だと言うことは耳にしています。しかしどうやってあなたが共感することになったのですか?」
「すべてお話しましょう。この悪人のやり方は、いずれ危険な対抗者になる見込みがある人間を、何やかやと口実をつけて皆殺しにする事でした。私の夫は、・・・そうです、私の本名はヴィクター・ドゥランド夫人です・・・、ロンドンのサンペドロ公使でした。彼はここで私と出会って結婚しました。これまで生まれてきた人間の中で最も高貴な人でした。不幸にもムリーリョは彼の名声を聞き、何か口実で呼び戻し銃殺させました。彼は運命を予感し、私を連れて行くことを拒みました。彼の財産は没収され、私にはほとんど何も残らず失意に暮れました」
「その時、この圧制者が失脚しました。彼はあなたが説明したように逃亡しました。しかし彼がメチャメチャにした多くの人達、彼の手によって最愛の肉親を拷問で殺された人達は、事態を放置したりはしませんでした。彼らは団結して目的が達成されるまで決して解散しないという組織を結成しました。私の役割は、この転覆された独裁者がヘンダーソンに姿を変えているということを発見した後、彼の世帯に入り込み、その動向を他の仲間に継続して伝える事でした。彼の家族の家庭教師という立場を確保する事によってこれが可能となりました。彼は食事のたびに顔を合わせている女性が、一時間の事前通告で葬り去った男の妻だということを、ほとんど知りませんでした。私は彼に微笑みかけ、彼の子供への職務を果たし、そして好機をうかがいました。パリで襲撃計画が練られましたが失敗に終わりました。私達は追っ手をかわすために、ヨーロッパ中あちこちを素早く転々としました。そして遂に彼が初めてイギリスに来た時に買っておいたこの家に戻って来ました」
「しかしここにも正義の使者が待ち構えていました。彼がここに戻って来るだろうと知り、ガルシアは、 ―― 彼はサンペドロのかつての最高政府高官の息子ですが ―― 、二人の信頼の置ける下層民の仲間と待ち構えていました。この三人とも同じ理由で復讐の炎を燃やしていました。日中にできることはほとんどありませんでした。ムリーリョはあらゆる用心をしていて、この腰巾着のルーカスを連れずには、決して外出しませんでした。この男は、かつての栄光の日々にはロペズとして知られていた男です。しかし、夜になると彼は一人で眠ります。そして復讐者が彼を見つけることができるかもしれません。ある夜、事前に計画されていた通り、私は友人に最新の指示を送りました。この男は全く警戒を緩めず、ずっと部屋を変えていたからです。私は扉が開いているかを確認し、馬車道に面した窓の緑か白の光で、すべてが問題ないか、計画を延期すべきかを連絡する事になっていました」
「しかし、何もかも上手く行きませんでした。何らかの理由で私は秘書のロペズに疑いをかけられていました。彼は私がちょうど手紙を書き終えた時、私の後ろから忍び寄って飛び掛かりました。彼と彼の主人は私を自分の部屋まで引きずっていき、罪深い裏切り者だと非難しました。自分たちの行いの運命から逃れる方法を知っていれば、あの時その場で、私をナイフで刺していたでしょう。長い議論の末、最終的に彼らは私を殺すのが危険すぎると結論を下しました。しかし彼らはガルシアを永遠に始末する決心をしました。彼らは私に猿ぐつわをかませ、ムリーリョは私が彼に住所を言うまで私の腕を捻りました。私はもしそれでガルシアがどうなるかを知っていれば、腕がもぎとられても言わなかったと誓います。ロペズは私が書いた手紙の宛名を書き、カフスボタンで封印し、それを使用人のホセを使って送りました。どのように彼らがガルシアを殺したかは知りません。ただロペズは私を見張っていましたので彼を殴ったのがムリーリョだったという事は確かです。私は彼はその中を小道が曲がりくねって続いているハリエニシダの茂みの間で待ち伏せしていて、そして彼が通る時に殴りかかったに違いないと思います。最初は、彼らはガルシアを家に入れ、そして押し込み強盗を見つけたとして殺すつもりだったようです。しかし、もし彼らが捜査に巻き込まれれば、自分たちの正体がすぐに世間に漏れて、さらに攻撃を受ける事になるかもしれない、と議論になりました。結局、ガルシアを悲惨に殺しさえすれば、他の人間が怖気づき追跡をやめるかもしれないということになりました」
「私が彼らのやった事を知らなければ、これですべては彼らにとって上手くいったはずです。私の命が際どい状態にあることは疑いようがありませんでした。私は自分の部屋に監禁され、恐ろしい脅しで威嚇され、私の気持ちを砕くようにひどく虐待されました、・・・・この肩の刺し傷を見てください、そして腕全体のアザを・・・・、そしてある時私が窓から助けを呼ぼうとしたら、猿ぐつわを口に入れられました。五日間、体力を保つ食事もほとんど与えられずにこの残酷な監禁が続きました。今日の午後、たっぷりの昼食が運ばれました。しかしそれを食べた後、私は薬を盛られたことに気づきました。夢うつつの中、私は半分手を引かれ、半分引きずられて馬車に運ばれたのを覚えています。私が列車に入れられた時も同じ状態でした。ただその時車輪が動き出そうという瞬間に、私は突然、頑張れば逃げ出せる事に気づきました。私はさっと立ち上がりました。彼らは私を引っ張って戻そうとしました。そして、私を馬車に連れて行ってくれたこの素晴らしい人の助けがなかったら、決して逃げおおせてはいなかったでしょう。今、神に感謝します。私は彼らから永遠に逃れる事ができました」
我々は全員この驚くべき話に熱心に聞き入っていた。沈黙を破ったのはホームズだった。
「こちらの問題はまだ終わっていない」彼は頭を振りながら言った。「警察の仕事は終わった。しかし法廷はこれからだ」
「その通り」私は言った。「有能な弁護士なら正当防衛だと言いぬけるかもしれない。無数の犯罪が裏に潜んでいても、彼らが裁判を受ける可能性があるのはただ一件しかない」
「まあ、まあ」ベインズは明るく言った。「法律はもっとましだと思いますがね。正当防衛というものは確かにある。しかし、殺そうという目的で冷酷に人をおびき寄せるのは、その人間をどんなに危険を思おうとも正当防衛には当たらない。いえ、いえ、次のギルフォード巡回裁判でハイ・ゲイブルの住人と会った時、警察の主張は通るでしょう」
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