コンプリート・シャーロック・ホームズ
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マクマードは居心地の良い棲家からも愛する女性からも、追放の刑に処せられたことを知った。彼はその夜、エティが一人で居間にいるのを見つけて、自分に起きた問題をほとばしるように話した。

「そうなんだ、お前の親父は俺を追い出したがっているんだ」彼は言った。「住む場所だけのことならどうという事はない。しかし本当に、エティ、俺はお前と会ってたった一週間にしかならんが、俺の人生にはもうなくてはならない存在だ。お前なしでは生きられない!」

「静かにして、マクマードさん、そんなことを言わないで!」女性は言った。「遅すぎたって言ったでしょう?別の男がいるの。もしすぐに結婚すると約束していなくても、少なくとも他の誰かと約束する事はできない」

「もし俺が先だったとしたら、エティ、俺にはチャンスがあったのか?」

「女性は顔を両手にうずめた。あなたが先だったらと真剣に思うわ」彼女は涙を流した。

マクマードはすぐさま彼女の前にひざまずいた。「お願いだから、エティ、それは無視しろ!」彼は叫んだ。「そんな約束でお前と俺の人生を無駄にするのか?素直になれよ、エティ!それが一番確かな道しるべだ。自分が素直になれなかった時の約束なんか捨ててしまえ」

彼は強い日に焼けた両手でエティの白い手をつかんだ。

「俺のものになると言ってくれ、そして一緒に立ち向かうと!」

「どこか別の場所で?」

「いや、ここでだ」

「だめ、だめ、ジャック!」彼は彼女を両手で抱きよせた。「ここにはいられないわ。私を連れて逃げてくれる?」

一瞬、マクマードの顔が苦しそうに歪んだが、堅い決意の表情に変わった。「いや、ここでだ」彼は言った。「俺は世界を敵に回してもお前を放さない、エティ。今俺たちがいるこの場所でだ!」

「なぜ一緒に逃げられないの?」

「だめだ、エティ、ここから離れるわけにはいかない」

「でも、どうして?」

「尻尾を巻いて逃げれば、俺は二度と胸を張って歩けない。それに、何を恐れることがある?俺たちは自由の国の自由な人間だ。もしお前が俺を愛し、俺がお前を愛していれば、誰に邪魔ができる?」

「あなたは知らないのよ、ジャック。あなたはここに来て間がない。あなたはこのボールドウィンという男を知らない。あなたはマギンティと手下のスカウラーズを知らない」

「そうだ、俺は奴らを知らん。しかし奴らを恐れはしない。そして奴らに気は許さない!」マクマードは言った。「俺は荒くれ男の間で暮らしてきた、エティ、そして、何時でも俺が奴らを恐れるのではなく、奴らが俺を恐れることになった、 ―― 何時でもだ、エティ。明らかに変じゃないか!もしそいつらが、お前の親父が言うように、この谷で次から次に犯罪を犯しているなら、そしてもし誰がやったか、みんなが分かっているなら、なぜ誰も有罪にならんのだ?答えてくれ、エティ!」

「敢えて彼らに不利な証言をしようとする人がいないからよ。もしそんな事をしたら一月と生きていられないわ。それに彼らは自分達に都合のいい人間をいつも用意して、容疑者は犯罪現場からはるか離れた場所にいたと証言させる。でもきっと、ジャック、こんな事は全部読んでいるはずだけど。そういう記事は、アメリカの新聞全部に載っていると思っていた」

「そうだな、そんなことを読んだな。確かにその通りだが、作り話かと思っていた。本当は、何か理由があってそうしているかもしれん。本当は、彼らは他に方法がないので、悪に手を染めたかもしれん」

「ああ、ジャック、そんな言い方をしないで!それはあいつの言い方よ、 ―― もう一人の男の!」

「ボールドウィンか、 ―― そいつは、そんな言い方をするのか?」

「だから嫌いなのよ。ああ、ジャック、今なら本当のことを言えるわ。私はあいつが虫唾が走るほど嫌。でもあいつは恐ろしいの。自分の事もそうだけど、何よりも父がどうされるかというのが一番恐い。もし自分が本当に思っていることを遠慮なく言えば、恐ろしく不幸なことになると分かっている。私が中途半端な約束をしたままにしているのはそのためなの。私たちの生きるすべは他にない。でももしあなたが一緒に逃げてくれるなら、ジャック。二人で父を連れて行って、この悪党たちの手の届かないところでずっと暮らせるわ」

もう一度、マクマードの顔に苦悶の表情が浮かび、そしてもう一度堅い表情になった。「お前を危険な目には遭わせはしない、エティ、 ―― お前の親父にもな。悪党に関して言えば、お前は俺と一緒になる前に、あいつらと同じような悪党だと、分かるかもしれないと思う」

「いや、いや、ジャック、どこに行ってもあなたを信じるわ」

マクマードは苦々しく笑った。「まいったな!俺のことをちっとも分かってないな!お前のうぶな心では、エティ、俺が何を考えているかも想像できないだろう。しかし、おいおい、誰がやってきたんだ?」