彼が話している時、ベルの音が鋭く鳴った。シャーロックホームズはそっと立ち上がり、椅子を扉の方向に動かした。使用人がホールを横切り、その後扉を開ける鋭い掛け金の音が聞こえた。

「ワトソン博士はこちらにお住まいですか？」明瞭だが少ししわがれた声がした。使用人の返事は聞き取れなかった。しかし扉が閉められ、誰かが階段を上り始めた。足音は非常に不確かでよろよろしたものだった。その音を聞いてホームズの顔に驚きの影がよぎった。足音は静かに廊下を通り、弱々しく扉を叩く音がした。

「どうぞ」私は叫んだ。

私の招きで、想像していたような粗暴な男の代わりに、非常に年老いてしわだらけの女がよろよろと部屋に入ってきた。彼女は突然明かるい部屋に入って目が眩んだようで、お辞儀をした後、濁った目をしばたかせて我々を見ながら立っていた。そしてそわそわしたように震える指でポケットの中を探っていた。ホームズをちらっと見ると、彼が非常に失望した表情をしていたので、私は平静を保つのがやっとだった。

しわくちゃの老婆は夕刊紙を引っ張り出し、我々の広告を指差した。「これで私は来ました」彼女はもう一度お辞儀しながら言った。「ブリクストンロードの金の結婚指輪。これは私の娘のサリーのものです。娘は結婚して十二ヶ月しかたっていません。夫はユニオン汽船の給仕です。もし彼が家に帰ってきて娘が指輪をしていないのに気付けば、彼が何と言うか想像も出来ません。機嫌のいい時でも短気な男ですが、酒を飲むともっとひどくなります。お願いです、娘は昨夜サーカスに行きました。一緒に････」

「娘さんの指輪はこれかね？」私は尋ねた。

「ありがとうございます！」老婆は叫んだ。「サリーがさぞ喜ぶでしょう。その指輪です」

「あなたのご住所は？」私は鉛筆を持って尋ねた。

「ハウンズディッチ、ダンカン街13。ここから結構あります」

「ハウンズディッチとサーカスとの間にブリクストンロードはないが」シャーロックホームズは鋭く言った。

老婆は顔を回して赤く隈どられた小さな目で彼をキッと見た。「この方は私の住所を尋ねられたんです」彼女は言った。「サリーは、ペッカム、メイフィールド・プレイス3に住んでいます」

「あなたのお名前は？」

「私の名前はソーヤー、 ―― 娘はデニス、トム・デニスと結婚したので ―― 、航海に出ている時は、賢いはきはきした人です。会社では申し分のない給仕です。しかし陸に上がると、女と酒屋のために････」

「指輪をどうぞ、ソーヤーさん」私はホームズの合図に従って遮った。「明らかにあなたの娘さんのものだ。本来の持ち主に返すことができて嬉しいよ」

老婆は小声で何度も祝福の言葉を告げてはっきりとした感謝の意を表し、指輪をポケットにしまうと、足を引きずって階段を下りて行った。シャーロックホームズは彼女が姿を消すと同時にパッと立ち上がり、自分の部屋に飛び込んだ。数秒で彼はアルスター外套とマフラーに身を包んで戻ってきた。「彼女の後を追う」彼はせわしげに言った。「彼女は共犯者に間違いない。そして彼のところに連れて行ってくれるだろう。戻るのを待っていてくれ」訪問者が玄関の扉を閉めるや否や、ホームズは階段を降りた。窓越しに眺めると、老婆が弱々しく通りの向こうに沿って歩いて行き、追跡者が少し離れて後ろから尾行して行くのが見えた、「彼の理論が全部間違っているのか」私は一人考えた。「そうでないにしても、彼は今謎の核心に迫っている」彼は私に起きて待っているように言う必要は無かった。私は彼の追跡結果を聞くまで、眠るのは不可能だと感じていたのだ。