「私は大きな本を抱えてホテルに戻りました。気持ちの中で相容れないものがありました。私は間違いなく職を得てポケットに百ポンド持っている、その一方で、事務所の見栄え、壁に名前がないこと、そして仕事をする人間なら気に掛かるその他のこと、こういう部分で、雇い主のハリー・ピンナー氏に対して悪印象が残りました。しかし何であろうとも、お金は受け取ったので、私は自分の仕事に取り掛かりました。日曜一杯私は頑張って仕事をしました。しかし月曜までに、やっとHまでたどりついただけでした。私はハリー・ピンナー氏の所に行きました。彼は前と同じがらんとした部屋にいました。そして水曜日まで地道にやるように言われ、その後また帰って来ました。水曜日になってもまだ終わらなかったので、私は金曜日まで頑張りました。それが昨日です。私はそれを持ってハリー・ピンナー氏のところに行きました」
「『ありがとうございました』ハリー・ピンナー氏は言いました。『この仕事の大変さについて、ちょっと見積もりが甘かったみたいですね。この一覧は本当に実質的に私の助けとなるでしょう』」
「『結構時間が掛かりました』私は言いました」
「『それでは』ハリー・ピンナー氏は言いました。『陶器を売っている全家具店の一覧を作って欲しいのですが』」
「『わかりました』」
「それでは明日の夜七時に来て、どれくらい進んだか教えてください。あまり無理はなさらないように。仕事が終わった後なら、夜に二時間ほどデイズ・ミュージック・ホールに行くのは悪くないでしょう。ハリー・ピンナー氏はそう言いながら笑いました。そして彼の左側の二番目の歯に、極めてぞんざいな金の詰め物があったのを見て、私はぞっとしました」
シャーロックホームズは嬉しそうに手を擦り合わせた。私は驚いてホール・パイクロフトをじっと見た。
「驚かれるのももっともです、ワトソン先生。しかしこういう事情です」ホール・パイクロフトは言った。「私がロンドンでもう一人のピンナー氏と話していた最中、彼は私がモーソンに行かないだろうと笑ったのですが、私はたまたま彼の歯に全く同じような詰め物がされていたことに気付きました。どちらの場合も、金の輝きに注意をひかれました。声と表情が一緒であり、カミソリとカツラで変更可能な部分だけが変わっていることを考え合わせた時、二人が同一人物であることは疑いようがありませんでした。もちろん、兄弟がそっくりだということは考えられます。しかし同じ方法で同じ歯に詰め物をすることは考えられません。ハリー・ピンナー氏はお辞儀をして私を送り出しました。私は呆然として通りに出ました。私はホテルに戻り、たらいの冷たい水に頭を漬けて、よく考えようとしました。なぜピンナー氏は私をロンドンからバーミンガムまで連れ出したのか。なぜ私より前に、そこにいたのか。なぜ彼は自分から自分宛に手紙を書いたのか。全てのことが、私の手には負えませんでした。そして私はその理由を見つけだすことができませんでした。そう考えていた時不意に、シャーロックホームズさんなら、私にとって皆目分からないことでも明明白白かもしれないと思いつきました。ちょうど夜行列車の時間に間に合ったので、今朝ホームズさんに会い、そしてお二人をバーミンガムまでお連れすることになったのです」
株式仲買人のホール・パイクロフトが驚くべき経験を話し終えた後、しばらく誰も何も言わなかった。シャーロックホームズは私をちらっと見て、ちょうど鑑定家が年代物のワインを最初に一口含んだ時のように嬉しそうだが批判的な顔で、背もたれに寄りかかった。
「なかなか、いい、ワトソン、違うかね?」ホームズは言った。「ちょっとワクワクさせる点がある。君も同意するだろうが、フランコ・ミッドランド・ハードウェア株式会社の仮事務所での、アーサー・ハリー・ピンナーとの会談は、僕達二人ににとってちょっと面白い経験になりそうだ」
「しかしどうやって?」私は尋ねた。
「ああ、簡単なことです」ホール・パイクロフトは明るく言った。「あなた方は勤め口を探している私の友人で、そして取締役のところにあなた方を連れて行く。これ以上に自然なことはないでしょう?」
「その通りですね、確かに」ホームズは言った。「私はその人物に会ってみたいですね。それから、このちょっとしたゲームで何かできるかを確認したい。どんな資質が、パイクロフトさん、あなたの仕事をそこまで価値の高いものにしているのか、いや、もしかして・・・・・」ホームズは爪を噛み始め、窓の外をぼんやりと眺めた。そしてニュー・ストリートに着くまでほとんど何も聞き出す事ができなかった。