我々が居間から出てくると、廊下で待っていた一人の女性が歩み出て、警部の袖に手を置いた。彼女はやつれて弱々しく必死の形相で、つい最近の恐怖が顔に焼き付いていた。
「分かりました?何か分かりましたか?」彼女はあえいだ。
「まだです、ストレーカーさん。しかしこちらのホームズさんがロンドンから手伝いに来て下さいました。それに我々もできることは何でもするつもりです」
「少し前にプリマスのガーデンパーティでお会いしましたよね、ストレーカーさん?」ホームズは言った。
「いいえ、人違いです」
「え、そうですか、間違いないと思ったのですがね。ダチョウの羽の縁飾りがついた赤っぽいグレーのドレスを着ていた時ですが」
「そんな服は持っていません」ストレーカー夫人は答えた。
「ああ、それでは間違いですね」ホームズは言った。そして詫びを言うと、グレゴリー警部に続いて外に出た。原野を少し歩くと、死体が見つかった窪地に着いた。その縁にハリエニシダの茂みがあり、コートはその上にあった。
「その夜は風がなかったと、聞いているが」ホームズは言った。
「ありませんでした。しかし非常に激しい雨が降っていました」
「そうであれば、コートは飛ばされてハリエニシダに引っ掛ったのではなく、そこに置いたことになるな」
「そうです。ハリエニシダの上に置かれていました」
「それは非常に面白い。地面はかなり踏み荒らされているようだな。もちろん、月曜の夜以降沢山の人間が歩いたでしょうからね」
「こちらの横側に敷物の切れ端を敷いて、全員そこに立ちました」
「素晴らしい」
「このバッグの中に、ストレーカーの靴が一足、フィッツロイ・シンプトンの靴が一足、シルバー・ブレイズの鋳造の蹄鉄が入っています」
「警部、見事だ!」ホームズはバッグを受け取って窪地に降りて行き、敷物をもっと中央に移動した。それからうつ伏せに寝そべって、手の上に顎を乗せ、目の前の踏み荒らされたぬかるみを慎重に調べた。「おや!」突然ホームズが言った。「これは何だ?」それは半分燃えた蝋マッチだった。あまりにも泥まみれだったので、一見木屑のように見えた。
「そんなものを見落とすとは思いもしませんでした」グレゴリー警部は困惑の表情を見せながら言った。
「これは土に埋まって見えなかったのだ。僕は探していたから見つけただけだ」
「なんと!見つかる事が分かっていたのですか?」
「見つかりそうだと思っていた」
ホームズはバッグから靴を取り出し、一つ一つ、地面に付いた足跡と見比べた。それから窪地の縁まで這い上がり、シダと茂みの間を這い回った。
「申し訳ないですが、そこにはもう手がかりはないと思います」グレゴリー警部は言った。「半径100ヤードまでは、あらゆる方向をくまなく調べました」
「なるほど!」ホームズは起き上がって言った。「君がそう言うのなら、もう一度調べるようなぶしつけなことはすべきではないだろう。しかし明日までにこの場所を詳しく知っておきたいので、暗くなる前に荒野をすこし歩いていきたいと思う。この蹄鉄は幸運を祈ってポケットに入れて行くことにする」
ホームズの無口で系統だった仕事の仕方に、イライラしたそぶりを見せていたロス大佐は、時計をちらっと見た。「警部さん、一緒に戻って欲しいのですが」ロス大佐は言った。「いくつか助言を頂きたい事があります。特に、シルバー・ブレイズを競馬の出走名簿から削除すると発表しなくてよいのかどうかについてです」
「もちろん、その必要はありません」ホームズは確信あり気に叫んだ。「僕がその名前を残してみせます」
ロス大佐は会釈した。「そうおっしゃっていただいて感謝します」ロス大佐は言った。「私達はストレーカーの家にいます。あなたの散歩が終わったら、馬車でタヴィストックまで一緒に行きましょう」