コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

ロス大佐はグレゴリー警部と一緒に戻った。ホームズと私はゆっくりと歩きながら荒野を横切って行った。太陽はメイプルトン厩舎の向こう側に沈み始めていた。そして目の前の長く傾斜した大地は金色に染まり、萎れたシダとイバラが夕陽を浴びている場所は濃い赤茶になっていた。しかし、自分の考えに非常に深くのめり込んでいるホームズにとって、この壮観な景色は何の意味もなかった。

「こっちだ、ワトソン」ホームズは遂に言った。「今は、誰がジョン・ストレーカーを殺したかという問題は脇に置き、馬に何が起きたかを突き止めることだけに専念していいだろう。さて、馬が惨劇の最中か、またはその後に逃げ出したとすれば、いったいどこに行くだろうか。馬は群居性が強い動物だ。もし意の赴くままにしておけば、本能的にキングズ・パイランドに戻るかメイプルトン厩舎に行くだろう。なぜ荒野を走り回らなければならないのか。絶対に既に発見されていなければならない。ジプシーがどうして馬を連れ去らねばならないか。ジプシーは何かトラブルが起きたと聞けばすぐにその場を立ち去る。なぜなら警察に色々尋問されたくないからだ。ジプシーにその馬を売ることができるはずは無い。非常な危険を犯して連れていても、得るものは何も無いはずだ。これは明白だ」

「では、どこにいるのだ?」

「すでに言ったとおり、馬はキングズ・パイランドかメイプルトンに行ったはずだ。馬はキングズ・パイランドにはいない。したがって、今メイプルトンにいる。これを作業仮説としよう。そしてこの仮説で何が導き出されるか考えよう。グレゴリー警部が言ったように、荒野のこの辺りは非常に堅くて乾燥している。しかし、メイプルトンの方に向かって下っている。ここから、あの向こうに長い窪地があるのが見えるだろう。あそこは月曜の夜には非常にぬかるんでいたはずだ。もし我々の想定が正しければ、馬はあそこを横切っているはずだ。馬の跡を探すべき場所はあそこだ」

ホームズがこう話している間も、私たちはキビキビと歩いた。そしてあと数分で問題の窪地に差し掛かるところまで来た。ホームズは私に土手の右側に行くように指示し、彼は左に回った。しかし私が50歩も歩かないうちに、ホームズが叫び声を上げ、手招きするのが見えた。目の前の柔らかい地面に、綺麗な輪郭線を描いている一頭の馬の足跡があった。そしてポケットに入れて持ってきた蹄鉄をその足跡に当てると、見事に一致した。

「想像力の価値を見たか」ホームズは言った。「これがグレゴリー警部に欠けているものの一つだ。我々はどんな事が起きえたのかを想像し、その仮説に基づいて行動し、そしてそれが正しいと確認した。さあ先へ行こう」

我々は湿地の底を横切り、四分の一マイルほどの乾いた堅い芝地を過ぎた。地面はもう一度斜めになり、再び足跡が見つかった。それから半マイルほど見失ったが、メイプルトンに極めて近い場所でまた見つけた。先にその足跡を見つけたホームズは、勝ち誇った表情で立ったまま指差していた。馬の脇に人間の足跡があった。

「ここまでは馬だけだったのに」私は叫んだ。

「そうだ。ここまでは馬だけだった。おや、これは何だ?」

二つの足跡は急に曲がって、キングズ・パイランドの方向へ向かっていた。ホームズは口笛を吹き、二人でその跡をつけた。ホームズは足跡から目を離さなかったが、私はたまたまちょっと脇見をしたら、驚いたことに同じ足跡が逆方向に戻って来ていた。

「君に一点だな、ワトソン」私がそれを指摘するとホームズが言った。「おかげで長い距離を歩く時間が節約できた。自分の足跡をまた戻って来るはめになっていただろう。戻って来ている足跡を追おう」

それほど遠くまで行く必要はなかった。足跡はメイプルトン厩舎の門に続くアスファルト舗装の道で終わっていた。我々が近付くと、中から馬丁が飛び出して来た。

「この辺をウロウロするな」馬丁は言った。

「一つ聞きたいことがあるだけだ」ホームズはベストのポケットに手を入れて言った。「もし明日の朝五時に来たとしたら、君の主人のサイラス・ブラウンに会うには早すぎるかね?」

「まさか。親方はいつでも一番に活動を始めるので、起きている人がいればそれは親方だ。しかし本人がやって来ましたよ。ちょっと困ります。あなたから金を貰うのを見られたら、首が危ない。よければ後で」

シャーロックホームズがポケットから出していた半クラウン金貨をまた戻した時、ものすごい目つきをした年配の男が、狩猟用鞭を手に大股で門から出てきた。

「何だこれは、ダンソン!」主人は叫んだ。「無駄話をするな!仕事に戻れ。そしてお前ら、ここに何の用だ?」

「あなたと十分間話をしたいのですがね」ホームズは非常に穏やかに言った。

「遊び人と話している時間はない。この辺に余所者はいらんのだ。出て行け。犬をけしかけるぞ」

illustration

ホームズは体を前に伸ばして主人の耳に何かささやいた。彼は激しく動揺し、コメカミまで真っ赤になった。

「それは嘘だ!」主人は叫んだ。「ひどい嘘だ!」

「結構。ここ、皆の前で言い合いますか?それともあなたの居間で話しましょうか?」

「ああ、よければ入ってくれ」

ホームズは微笑んだ。「数分以上は待たせないよ、ワトソン」ホームズは言った。「さて、ブラウンさん、全てはあなた次第です」