コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「もう既にお気づきかもしれませんが、私の父はかつてインド陸軍にいたジョン・ショルト少佐です。父は約七年前に退役し、アッパー・ノーウッドのポンディシェリ・ロッジに居を構えました。父はインドで成功し、多額の金と価値の高い骨董品の山を手に、現地の使用人を連れて帰ってきました。この財産で父は家を購入し、非常に豪勢な生活をしました。双子の兄弟だったバーソロミューと私はまだほんの子供でした」

「私はモースタン大尉が失踪して、大変な騒動になったのをよく覚えています。私たちは新聞で詳細を読みました。そしてモースタン大尉は父親の友人だと知っていたので、私たちは父の前で、屈託無くこの事件を話し合いました。どんな事が起きえたのだろうかという私たちの推測に、父も加わったものでした。父が胸の内に全ての秘密を隠していたなどとは、これっぽっちも疑いませんでした。父だけが、他の誰も知らないモースタン長官の運命を知っていたのです」

「しかし私たちは、父の周りに、何らかの謎、そして何か具体的な危険があることはよく知っていました。父は一人で外出するのを非常に恐れました。さらに、父は常にポンディシェリ・ロッジの守衛として、二人のボクサーを雇っていました。その一人が、今夜あなた方をお連れした、ウィリアムズです。彼はかつてライトウェイト級のイギリスチャンピオンでした。父は決して何を恐れているのか、私たちには明かしませんでした。しかし父は木製の義足をはいた男を甚だしく嫌っていました。ある時、父は本当に木製の義足の男に対して拳銃を発射しました。結局、この男は注文を取りに来た悪意のない商人だったと判明しました。父はこれをもみ消すのに大金を支払いました。兄と私は、単なる父の妄想だと考えていました。しかしこの見方を変える出来事が起きたのです」

「1882年の始め、父はインドから手紙を受け取り、大きなショックを受けました。それを開封した時、父はあやうく朝食の席で気を失いそうになりました。そしてその日から父は病に臥せり、やがて亡くなりました。手紙に何が書いてあったのかは全く分かりませんでしたが、私は父がそれを手にした時、殴り書きされた短い文が書いてあったのをちらっと見る事が出来ました。父は長い間、脾臓の肥大に苦しんでいましたが、この後急速に悪くなり、四月の終わりが近づくと、もう打つ手がないと医師から宣告されました。そして父が私たちと最期の話をしたいと言っていると告げられました」

「私たちが父の部屋に入ると、父は枕にもたれて身を起こして苦しそうに息をしていました。父は私たちに、扉に鍵をかけてベッドの両側に来るように頼みました。それから父は私たちの手を握り、驚くべき話を始めました。その声は、苦痛に負けないほどの感情の高ぶりで、震えていました。私はなんとか、父の話をその言葉どおりに、あなた方にお伝えしたいと思います」

「『ただひとつ』父は言いました。『この臨終の時に、心に重く圧し掛かるものがあるのだ。それは哀れなモースタンの娘の処遇だ。いまいましい貪欲によって、 ―― これは私の人生を通して絶えず付きまとっていた罪だ ―― 、私は、彼女に財産を渡せなかった。少なくとも私の財産の半分は彼女のものだ。自分自身では使うあてもなかったのに、強欲とは、なんと盲目的で愚かなものだろうか。ただただ、手元に残しておきたいという自分の気持ちだけが大事で、もう一人と分かち合うことに耐えられなかった。キニーネの瓶の横にある、端に真珠がついた花冠を見てくれ。彼女に送るつもりでそれを取り出していたのに、それさえも私は手放すことに耐えられなかった。息子達よ。お前達が彼女にアグラの財宝の正当な配当を分け与えて欲しい。しかし私が死ぬまでは何も送らんでくれ、・・・・あの花冠でさえもだ・・・。結局、ここまで罪深い男はどうやっても償いようがないのだ』」

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「『どのようにモースタンが死んだか話そう』父は言いました。『彼は心臓が弱く、長い間苦しんでいた。しかし彼はそれをみんなに隠していた。知っていたのは私一人だった。インドにいた時、彼と私は、驚くべき事件の連続によって、途方もない財宝を手に入れることになった。私はそれをイギリスに運んだ。そしてモースタンはイギリスに着いた夜、その足でここに来て自分の分け前を要求した。彼は駅から歩いてきて、今は亡き忠実なラル・チョーダーに迎え入れられた。モースタンと私は、財宝の分け方に関して、意見が対立した。そして私たちは声を荒げる事になった。モースタンはカッとして椅子から跳び上がった。その時突然、彼は横腹に手を押し当てた。彼の顔は浅黒くなり、後ろ向きに倒れて宝箱の角に頭をぶつけた。彼にかがみ込むと、恐ろしい事に、死んでいたのだ』」

「『私はどうしたらよいのかを考えながら、茫然として長い間座っていた。もちろん、私はとっさに助けを呼ぼうと考えた。しかし、私は彼を殺した容疑で起訴される危険が高いことに気づかずにはおられなかった。彼が口論の最中に死んだ事、そして頭の深い傷、これらは私に対して不利になるだろう。さらに、警察が調査することになれば、この財宝に関して、なんらかの事実が明るみに出ることになるだろう。これは私が特に秘密にしておきたかった事だ。彼は、自分の行き先は誰も知らないと話していた。誰にもこの先の事を知らせる必要はないように思えてきた』」

「『私がまだこの件について色々考えていた時、見上げると、使用人のラル・チョーダーが戸口に立っていた。彼はそっと入ってきて後ろで扉の閂をかけた。《心配ありません、旦那》彼は言った。《あなたが殺した事は誰も知る必要ない。どこかに隠そう。どっちが賢い?》《私は殺していない》私はこう言った。ラル・チョーダーは首を振って微笑んだ。《私は皆聞いた、旦那》彼は言った。《私はあなたが言い合いをするのを聞いた。それから殴るのを聞いた。しかし私は何もいいません。家の者は皆寝ています。一緒に運び出しましょう》これで私は決心がついた。もし自分の使用人でさえ私の無実を信じられないのなら、陪審員席にいる12人の馬鹿な商人を前に、どうやって上手く説得できる見込みがあろうか。ラル・チョーダーと私はその夜、彼の死体を捨て、数日を経たずして、ロンドンの新聞はモースタン大尉の謎の失踪でいっぱいになった。今の話で分かるとおり、私は彼の死に対して非難される理由はほとんどない。私の罪は、死体だけでなく財宝を隠した事と、自分の分と同じだけモースタンの分け前に執着したという事だ。だから、お前達にそれを返済してもらいたいのだ。口元に耳を近づけてくれ。財宝の隠し場所は・・・・・』」