コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「何もかもお話しましょう」彼は言った。「その上で、あなたを正当に処遇したい。兄のバーソロミューが何と言おうとも必ずそうします。あなたの友人をここに連れてきていただけたのは、とてもありがたい。あなたに付き添うだけでなく、私がこれから話し、やろうとしていることの証人となっていただけるでしょう。私たち三人は、バーソロミューと激しく対立するかもしれません。しかし部外者は入れたくないのです、 ―― 警察も当局もです。誰にも干渉を受けずに、当事者間ですべて納得が行くように問題を解決することは可能です。バーソロミューは、他人に事が知られるのを特に嫌うのです」

彼は長椅子に腰を下ろすと、力のない水色の目で我々を問いただすように見た。

「私は」ホームズは言った。「あなたのお話は、絶対に他言しません」

私はうなずいてそれに同意した。

「結構!結構!」彼は言った。「キアンティを一杯頼みましょうか、モースタンさん?それともトカイは?他のワインはないのです。一本あけましょうか?いらない?では、煙草を吸うのは構わないでしょうね。東洋煙草のバルサムの香りは大丈夫ですね。私は今、ちょっと神経質になっていますから、水キセルはこの上ない鎮静剤です」

彼が先細の管を大きなボールにあてると、ローズ・ウォーターを通った煙が勢いよく泡を立てた。我々三人は半円に座り、頭を前に出し顎に手を置いていた。その間、この奇妙な、顔がぴくぴく動く、長いつるつる頭の小柄な男は、真中で不安そうに煙草をふかした。

「私が最初にあなたと連絡をとろうと決めた時」彼は言った。「住所を教えても良かったのです。しかしあなたが私の頼みを無視して不愉快な人物を一緒に連れてこないかと心配だったのです。そのために、こんな方法で約束を取り付けて、使いのウィリアムズにあなた方を先に見てもらったのです。彼の判断には完全な信頼を置いています。そして彼には、もし不審な点があれば、この件をそれ以上進めないようにと言っておきました。この用心をどうかお許しいただきたい。わたしはちょっと引っ込み思案の男で、・・・・洗練された趣味があるといってもいいかもしれません。そして警官ほど非審美的な存在はありません。荒々しい物質主義には、どんな形式でも自然に縮み上がってしまいます。私は荒っぽい連中とはほとんど接触しません。ご覧のように、私はちょっとした洗練の雰囲気に包まれて暮らしています。私は自分を芸術の擁護者と呼んでいいでしょう。それが私にとってはたまりません。この風景画は本物のコローです。しかし、あのサルバトール・ローザは、もしかすると鑑定家が疑問を持つかもしれませんね。このブグローにはまったく問題はありません。私はフランスのモダン派に目がないのです」

「すみませんが、ショルトさん」モースタン嬢が言った。「私に何かお話があるということでしたから、あなたの求に応じて、こちらにまいりました。もうずいぶん遅い時刻です。お話は出来る限り簡潔にお願いできないでしょうか」

「いくら頑張っても、かなり時間がかかりますね」彼は答えた。「間違いなくノーウッドに行って、バーソロミューに会わなければなりません。もしバーソロミューと対等にやりあうなら、我々は全員で行って力を合わせなければなりません。兄は私が良かれと思ってやっていることに対して、非常に怒っています。私は昨夜、兄と激しくやりあいました。兄が怒ったらどれほど恐ろしいか想像もできないでしょう」

「もしノーウッドに行く予定なら、すぐに出発してもいいのではないですか」私は思い切ってこう言ってみた。

彼は耳が真っ赤になるまで笑った。

「それはちょっと無理でしょう」彼は叫んだ。「もし私があなた方をそんなに突然連れて行ったら、彼が何と言うかわかりません。だめです。私はまず私たち全員がどういう立場にあるかをお話し、あなた方に備えていただかねばなりません。あらかじめ言っておきますが、私自身が良く分かっていない事実の中に隠された重要な点が沢山あります。私はただ自分が分かる範囲の事実をあなた方にお話することしかできません」