コンプリート・シャーロック・ホームズ
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このようにして、五月の晴れた午後、ホームズと私は二人だけで、小さな「求めに応じて停車」のショスコム駅に向かう一等客車の中にいた。頭の上の網棚には、大変な数の釣竿・リール・魚籠が散乱していた。目的の駅に着き、馬車でちょっと行くと古い造りの宿屋に着いた。そこでスポーツ好きの主人のジョサイア・バーンズが、このあたりの魚を根絶やしにしようという私達の計画に熱心に割り込んできた。

「ホール湖でカワカマスは釣れるかね?」ホームズが言った。

宿屋の主人の顔が曇った。

「それは無理だろう。釣りをする前に湖に放り込まれるかもしらんな」

「それはどういうことだね?」

「サー・ロバートだ。彼はダフ屋を恐ろしく用心しているんだ。もし見知らぬ人間二人が練習場に近づいたら、間違いなく追いかけて来るだろうね。サー・ロバートは絶対にためらったりしないよ」

「彼はダービーに出走する馬を持っていると聞いたな」

「ああ、いい馬だよ。俺たちは全部あの馬にかけている。その上、サー・ロバートは全財産をつぎ込んでいる。ところで」、彼は我々を注意深く見た ―― 「あんたらは競馬関係者じゃないだろうな?」

「いいや、全然違うよ。僕たちは、バークシャーのおいしい空気が是が非でも必要な、疲れたロンドン市民だ」

「じゃあ、あんたがたはいいところに来たな。そこら中に嫌というほどあるさ。しかし、サー・ロバートに関して言った事は心に留めておくようにな。口で言うより手のほうが早いタイプの男だから。庭園には近づかないようにな」

「もちろん、バーンズさん!きっとそうするよ。ところで、ホールでクンクン鳴いていたのは見事なスパニエルだったね」

「そりゃそうだ。あれは純血のショスコム種だ。イングランドにあれ以上の犬はいないよ」

「僕も犬の愛好家だ」ホームズが言った。「いや、ちょっと聞きにくいが、あれくらいの賞が取れるような犬はいくら位するかな?」

「俺に買える額じゃないな。あの犬はサー・ロバート自らくれたんだ。紐で繋いでおかなければならないのはそのせいだ。思い通りにさせれば、すぐに屋敷にもどってしまうさ」

「何枚かカードが揃いつつあるな、ワトソン」ホームズは宿の主人が去った時に言った。「簡単に勝てる勝負じゃない、しかし一日二日で突破口が見つかるかもしれないな。ところで、サー・ロバートはまだロンドンにいるらしい。もしかすると危害を加えられる恐れなしに今夜聖地に忍び込めるかもしれないな、一つ、二つ再確認したい点があるんだ」

「何か考えがあるのか、ホームズ?」

「ただこれだけだ、ワトソン。一週間かそこら前に何かが起きた。ショスコム家の生活に深く関係する事件だ。それは何だろうか?我々は、その影響から推測するしかない。その影響の性質は不思議なほどごちゃ混ぜに見える。しかし、きっと我々の手助けになるにちがいない。特徴も、大した出来事もない事件でなければ望みはある」

「手にしたデータをじっくり検討してみよう。弟はもう愛する病弱な姉を見舞わない。弟は姉の大好きな犬を人にやってしまう。犬だよ、ワトソン!何も臭わないか?」

「弟の意地悪そのものじゃないのか」

「まあ、そうかもしれない。そうでなければ、・・・そうだな、別の可能性もある。さらに仲違いが ―― もし仲違いがあったならだが ―― 始まった時からの状況を考えて見よう。部屋にこもりきりになった彼女は、彼女の生活習慣を変え、メイドと馬車で出かける以外は姿を現さない。彼女の可愛がっている馬に挨拶するために厩舎で停まるのを拒む。そしてどうやら酒に手をだしている。状況は、こういうことだな?」

「地下聖堂の事件を除いては」

「それは別の推理の流れだ。二つあるんだ。その二つをもつれさせないようにお願いしたい。ラインAは、これはビアトリス夫人に関係する方だが、なんとなく陰険な雰囲気があるだろう?」

「全く分からんが」

「よし、じゃあ、ラインBを取り上げよう。サー・ロバートに関係する線だ。彼はダービーの勝利を狂おしいほど願っている。彼は高利貸しにつきまとわれ、いつ何時全ての財産を売却されるかわからず、競馬の厩舎が債権者に差し押さえられるかもわからない。彼は大胆で自暴自棄になっている男だ。彼は姉から収入を得ている。姉のメイドは思いのままに操れる。ここまではまず間違いないと思わないか?」

「しかし地下聖堂は?」

「ああ、そうだ、地下聖堂だな!こう仮定しよう、ワトソン。これはただの馬鹿げた想定に過ぎないが、議論のためだけに提出する仮説だ ―― サー・ロバートが彼の姉を始末した…」

「ホームズ、それは全く馬鹿げている」

「非常にありうるよ、ワトソン。サー・ロバートの出自は高貴な家系だ。しかし鷹の群れの中に時々ハシボソガラスがまぎれているのを見つけることがあるだろう。少しの間、この仮定を論じてみよう。彼は財産を現金化せずには、この国から逃げる事は出来なかった。そしてその財産はショスコム・プリンスで一山当てる以外に現金化できない。したがって、彼はこれにしがみつくしかない。そうするために、彼は犠牲者の死体を遺棄しなければならないだろう。そして彼はまた彼女の振りをする身代わりを見つけなければならないだろう。腹心のメイドがいればそれは不可能ではない。女性の死体は地下聖堂に運ばれたのかもしれない。あそこはほとんど人がいかない場所だ。そして炉の中で夜、秘密裏に焼却されて、我々が既に見たあの骨のかけらが証拠として残った。これはどう思う、ワトソン」

「まあ、一番最初のとんでもない想定を認めれば、どれも可能性はあるだろうな」

「この事件をはっきりさせるために、明日小さな実験をやってみてもいいと考えているんだ、ワトソン。それまで、もし僕らの評判を上げておくつもりなら、この宿の主人には自分の酒を飲ませて、ウナギやコイについて賑やかに話しておこうか。これが彼に気に入ってもらえる一番簡単な方法みたいだからな。そうしているうちに役に立つ地元の噂を耳にしないともかぎらない」