石で敷かれた通路は、台所へと通じる道が枝分かれしているが、まっすぐ行くと二階への木製階段に突き当たる。これを上がると踊り場があり、その反対側には正面玄関から続くもっと装飾の多い階段がもう一本ある。この踊り場に繋がる形で、応接間とカニングハム氏と息子のアレク氏の部屋を含む寝室の扉がいくつかあった。ホームズは家の構造を入念に記録しながらゆっくりと歩いた。その表情からホームズが今非常に重要な手掛かりを追っていることが分かった。しかし私は、推理がどんな方向に向かっているのかは全く想像もつかなかった。
「ホームズさん」カニングハム氏はちょっとイライラして言った。「これは間違いなく無意味なことです。階段の突き当たりが私の部屋で、息子の部屋はその向こうです。泥棒が我々に気付かれずにここまで上がってくる事が可能だったかどうかはあなたの判断に委ねますが」
「歩き回って新しい臭いを嗅がないと気がすまないんでしょう」アレク氏はちょっと意地悪そうに笑って言った。
「それでももう少しご協力願います。例えば、私は寝室の窓からどれくらい遠くまで正面が見通せるかを知りたいのです。ここが確か、息子さんのお部屋ですね」 ―― ホームズは扉を押し開けた ―― 、「そして多分あれが、叫び声があったときに息子さんが座って煙草を吸っていた着替え部屋ですね。あの窓はどこに面していますか?」ホームズは寝室を横切って扉を開け、もう一つの部屋を眺め回した。
「もうご満足いただけましたかな?」カニングハム氏はとげとげしく言った。
「ありがとうございます。見たかったものは全て見ました」
「では、本当に必要なら私の部屋に行ってもいいですが」
「もしご迷惑でなければ」
カニングハム氏は肩をすぼめて自室に招いた。簡素な家具の、ごく普通の部屋だった。我々がその部屋を横切って窓の方に行く際、ホームズはあとずさりして彼と私が列の最後尾につくようにした。ベッドの足元近くにオレンジを盛った皿とガラスの水差しを置いた台があった。我々がそこを通り過ぎる時、非常に驚いたことに、ホームズが私の前に乗り出して来てわざと全てのものをひっくり返した。水差しは粉々になり、オレンジは部屋のあらゆる方向へ転がった。
「やってしまったね、ワトソン」ホームズは冷ややかに言った。「絨毯をえらく汚してしまったじゃないか」
私はちょっと混乱しながらも、ホームズが何らかの理由で私に罪を着せたいのだと分かったので、かがんでオレンジを拾い始めた。他の全員も協力して拾い集めると、テーブルをもう一度立て直した。
「おや!」フォレスター警部が叫んだ。「彼はどこへ行った?」
ホームズの姿が消えていた。
「ちょっとここで待っていてください」息子のアレク氏が言った。「私の考えでは、あの人はちょっと頭がおかしくなっていますね。お父さん、一緒に来てください。どこに行ったか見に行きましょう!」
彼らはフォレスター警部とヘイター大佐と私がお互いを見合っているのを後にして、部屋から飛び出した。
「やれやれ、アレクさんの意見に賛成したくなりましたよ」フォレスター警部は言った。「病気のせいかもしれませんが、しかし、私には思えますね・・・・」
フォレスター警部の言葉は「助けてくれ!助けてくれ!人殺し!」という突然の悲鳴で遮られた。私はその声がホームズの声だと気付いてぞっとした。私はあわてて部屋から踊り場に飛び出した。その叫びは、しわがれ声になり何を言っているか分からなくなっていたが、我々が最初に行った部屋から聞こえてきた。私はその部屋に駆け込んで奥の着替え部屋まで走って行った。カニングハム親子が倒れたホームズの体にかがみ込んでいた。息子は両手でホームズの喉を掴み、その間に父親はホームズの手首をひねろうとしているように見えた。すぐに、我々は三人がかりでホームズから親子を引き離し、ホームズは真っ青な顔をして物凄く疲れきった様子でよろよろと立ち上がった。
「この二人を逮捕しろ、警部」ホームズはうめいた。
「何の嫌疑で?」
「執事のウィリアム・カーマンの殺人容疑だ」
フォレスター警部は当惑してホームズを見回した。「ああ、ちょっと、ホームズさん」彼は遂に言った。「あなたは正気でないとは思いますが・・・・」
「おい、二人の顔を見てみろ」ホームズはそっけなく言った。
これほどはっきりと罪を自白している人間の顔は見たことがなかった。父親は茫然自失で、押し出しの強い顔に重い陰鬱な表情が漂っているように見えた。これに対し息子は、独特ののんきで勢いのいい仮面をすべて脱ぎ捨て、黒い目の中に危険な野生の獣の凶暴さが輝き、ハンサムな顔立ちはゆがんでいた。フォレスター警部は何も言わなかった。しかし戸口に歩を進め、笛を吹いた。これに応じて二人の巡査がやって来た。
「やむをえません、カニングハムさん」フォレスター警部は言った。「これは全部馬鹿げた間違いであることが分かると信じていますが、しかしお分かりいただけるでしょう・・・・、あ、何をする?捨てろ!」フォレスター警部が手を打ちつけると、息子が撃鉄を上げようとしていた拳銃は、音を立てて床に転がった。
「保管しろ」ホームズがその上にそっと足を置いて言った。「法廷で有利な証拠となるだろう。しかし本当に探していたものはこれだ」ホームズは小さな皺だらけの紙を取り上げた。
「あの紙の残りか!」フォレスター警部は叫んだ。
「まさにその通り」
「どこにあったんですか?」
「あるに違いないと思った場所にです。すぐに全ての出来事をはっきりさせましょう。ヘイター大佐、あなたとワトソンはこれから家に帰ってもらえますか。遅くとも一時間以内には私も戻ります。警部と私は犯人たちとちょっと話があります。しかし昼食時には間違いなく戻ります」