コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「セント・サイモン卿は光栄なことに、僕の頭脳を自分と同じレベルに置く名誉を与えてくれたな」シャーロックホームズは大笑いして言った。「尋問が終わったから、ウィスキー・ソーダと葉巻をやろうと思う。僕はセント・サイモン卿が部屋に入ってくる前に、すでにこの事件の結論を出していたのだ」

「まさか!」

「似たような事件の記録がいくつもあるんだ。しかし僕がさっき言ったように、こんなに素早いものは一つも無かった。僕がさっき尋ねた質問によって、推測は確信へと変わった。状況証拠は、場合によっては非常に確実なものだ。ソローの例を引用すれば、ミルクの中に鱒を見つけるような場合にはね」

「しかし、君が聞いたことは全部僕も聞いたが」

「しかし、僕にとって非常に有用な過去の事件に関する知識が君には欠けている。何年か前のアバディーンでも似たような事件があった。フランス・プロシャ戦争の何年か後のミュンヘンでも、非常に似た展開事例があった。これらの事件の一つで、・・・・・いや、ようこそ、レストレードじゃないか!どうかね、レストレード、サイドボードにもう一つタンブラーグラスがあるよ。そこの箱に葉巻きがある」

レストレード警部はピー・コートとタイのいでたちだった、それは明らかに船員風で、手には黒いキャンバス・バッグを下げていた。ちょっとした挨拶を交わすと、警部は腰を下ろして勧められた葉巻に火をつけた。

「で、どうした?」ホームズは目を輝かせて尋ねた。「困ったような顔をしているが」

「実際に困っています。例の忌々しいセント・サイモン卿の結婚事件の事ですよ。この事件は全く見当がつきません」

「そうなのか!そりゃ驚いた」

「これまで、こんなに入り組んだ事件があったでしょうかね?手掛かりが一つ残らず指の間からこぼれ落ちるみたいです。私は一日中この事件にかかりっきりです」

「びしょ濡れになったのはそのためか」ホームズはピー・コートの腕の上に手を置いて言った。

「そうです、サーペンタイン・レイク*をさらっていたんです」

「それはいったい、何のためだ?」

「セント・サイモン夫人の遺体を捜索するためです」

シャーロックホームズは椅子にもたれかかって快活に笑った。

「トラファルガー広場の泉の水盤はさらったのか?」

「なぜです?どういう意味ですか」

「夫人の遺体を見つける可能性は、どちらでも同じくらい皆無だからだ」

レストレードは怒りに満ちた目でホームズを見た。「あなたは何もかも分かっているみたいですね」レストレードはうなった。

「まあ、事実関係を聞いたばかりだが、僕の考えは固まった」

「そうですか!それではサーペンタイン・レイクとこの事件は何も関係がないと考えているわけですか?」

「まず関係ないと思っている」

「それではおそらく説明していただけるでしょうね。我々が池の中から見つけたものがどういう訳なのか?」レストレードは話しながらバッグを開け、床の上に、波紋模様の絹のウェディングドレス、一足のサテンシューズ、花嫁の花輪とベール、をぶちまけた。どれも変色してずぶぬれだった。「ここに」レストレードは新しい結婚指輪をその上に置いて言った。「ここにあなたに解いて頂きたいちょっとした難問があるんですがね、ホームズ先生」

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「なるほど!」ホームズは空中に青い輪をふかしながら言った。君はこれをサーペンタイン・レイクからさらってきたわけだ?」

「いいえ。岸の近くに浮かんでいるのを公園の管理人が見つけたものです。ここにあるのはすべて花嫁の衣装だと確認されました。服が見つかればそこからそう遠くない場所に死体があるように思えますがね」

「その素晴らしい推理によれば、全ての人間の死体は服の近くに裸で見つかることになるな。この衣装を調べて、何が分かると思っていたのか聞かせて欲しいが?」

「フローラ・ミラーが失踪に関係しているという何らかの証拠です」

「残念ながら、それはちょっと難しいだろうな」

「残念?いやはや、まだ言っているんですか?」レストレードはちょっと嫌味を込めて叫んだ。「残念ですな、ホームズさん、あなたの演繹法と推理力はたいして実務的ではない。あなたは二分間で二つの大失敗をしでかした。このドレスとフローラ・ミラー嬢には絶対に関係があります」

「どういう風にだ?」

「ドレスにはポケットがあります。ポケットの中にカードケースがあります。カードケースにメモがあります。これがそのメモです」レストレードは目の前のテーブルにそのメモを叩き付けた。「これが文面です」

「準備が全て出来たら現れる。すぐ来てくれ」
「F. H. M.」

「今、私の推測を最初から言いますと、セント・サイモン夫人はフローラ・ミラーによっておびき出された。だから、花嫁が失踪した原因は間違いなくフローラ・ミラーとその共犯者にある。これはフローラ・ミラーのイニシャルが書かれたメモです。きっと戸口でそっと花嫁の手に滑り込ませたのでしょう。そして花嫁を自分の手の届く所へおびき寄せたのです」

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「素晴らしいよ、レストレード」ホームズは笑いながら言った。「実に素晴らしい。見せてくれ」ホームズは気のないそぶりでその紙を取り上げた。しかしすぐにその紙に釘付けになった。そして満足気な小さな叫び声をあげた。「これは実に重要だ」ホームズは言った。

「ハ!お分かりになりましたか?」

「本当にこのメモは重要だ。心からおめでとうと言うよ」

レストレードは勝ち誇って立ち上がり、身をかがめて覗き込んだ。「どういうことですか」レストレードは叫んだ。「あなたは裏側を見ていますよ!」

「反対だ。こちらが表側だ」

「表側?おかしいんじゃないですか!鉛筆で書かれたメモはこちら側ですよ」

「そしてこちら側は、非常に興味深いホテルの支払いの断片のようだな」

「既に私も見ていますが、何でも無かったですよ」レストレードは言った。

「10月4日、部屋代8シリング、朝食2シリング6ペンス、カクテル1シリング、昼食2シリング6ペンス、シェリー酒一杯8ペンス」

「何の意味もないと思いますが」

「まあ、そうだな。それでもこれは非常に重要なのだ。少なくともイニシャルに関しては、こちらの鉛筆書きの面も重要だがね。だからもう一度おめでとうと言おう」

「時間を無駄にしました」レストレードは立ち上がりながら言った。「私は暖炉の側に座って素晴らしい理論を紡ぐのではなく、身体を使う事に重きを置いています。ごきげんよう、ホームズさん。どちらが先に事件の真相を突き止めることができるか、そのうち分かるでしょう」レストレードは衣装一式を集めてバッグの中に放り込み、ドアに向かった。

「一つだけヒントをあげるよ、レストレード」ホームズはライバルが見えなくなる前にゆっくりと話した。「この事件の真の解決を教えよう。セント・サイモン夫人というのは幻の女性だ。そんな人物は、今、どこにも存在せず、そしてこれまで存在した事もない」

レストレードはホームズを悲しそうに見た。それから私の方を見て額を三度叩くと、いかめしく頭を振って急いで出て行った。