コンプリート・シャーロック・ホームズ
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セント・サイモン卿は肩をすくめ、眉を上げた。「数年間親しく付き合ってきました。非常に親しい関係と言ってもいいかもしれません。フローラはアレグロにいました。私は悪い扱いはしてこなかったし、私に対して文句を言う筋合いはないのですがね。しかし女性というものをご存知でしょう、ホームズさん。フローラは非常に可愛らしい。しかし途方もなく性急で熱心に私に付きまとっていました。フローラは私が結婚する予定だと聞いた時、恐ろしい手紙を送ってきました。そして、実を言うと、なぜ私が内密に結婚式をしたかというと、教会で不祥事が起こるのを恐れたからです。フローラは私達が戻ってきてすぐにドラン氏の玄関に来て、中に押し入ろうとしました。私の妻を下品に罵倒し、脅し文句まで口にしました。しかし私はこんな事が起こりそうだと予想し、私服警官を二人配置しておいたので、彼らが力づくで追い払いました。フローラは騒ぎを起こしても無駄だと分かり、おとなしくなりました」

「あなたの奥様はその騒ぎのすべてを耳にしたのですか?」

「いいえ、幸いにも聞いていませんでした」

「なのにその後、奥様は騒ぎを起こした当人のフローラ・ミラー嬢と一緒に歩いているのを目撃されたわけですね?」

「はい。これを重大なことだと見なしているのはロンドン警視庁のレストレード警部です。フローラが私の妻をおびき出して、何か恐ろしい罠を仕掛けたと考えています」

「まあ、その可能性はありますね」

「あなたもそうお考えですか?」

「可能性が高いとは言っていません。しかし、あなた自身はそんな事になりそうだとは思っていないのですか?」

「フローラは蝿も殺せない女性です」

「それでも、嫉妬に狂うと性格が一変する事があります。あなたご自身は、どういう事が起きたという見解なんですか?」

「いや、私は見解を求めに来たのであって、披露するためではありません。全ての事実はあなたにお話しました。しかしご質問されたことにあえて答えるとすれば、こういう可能性もあるなと、ふと心に浮かんだのは、この結婚の動揺、途方も無い上流階級になったという自覚によって、私の妻はちょっとした神経障害のようになったということです」

「端的に言うと、突然錯乱したということですか?」

「まあ正直、妻が、私に対してということではなく、大勢の人間が熱望しても得られないものから逃げ出したという行為を考えると、他に説明がつきません」

「確かにそれは考えうる仮説ですね」ホームズは微笑んで言った。「さて、セント・サイモン卿、私が知りたい情報はほぼ入手できたようです。最後に、事件当日は朝食の席から窓の外を見ることができたかどうかを伺えますか?」

「道の反対側とハイドパークを見渡すことが出来ました」

「そうでしょうね。それではこれ以上お引き止めは致しません。後ほどご連絡致します」

「あなたが運良くこの問題を解決できれば良いのですが」依頼人は立ち上がりながら言った。

「すでに解決しました」

「え?どういうことですか?」

「すでに解決したと申し上げたのです」

「それでは、私の妻はどこですか?」

「詳しいことはすぐにお伝えできると思います」

セント・サイモン卿は首を振った。「この問題を解決するのに、あなたや私以上の頭脳が必要でなければいいのですが」セント・サイモン卿は言った。そして厳かな古めかしいやり方で一礼して出て行った。