コンプリート・シャーロック・ホームズ
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私はシンウェル・ジョンソンについてこの回顧録で触れる機会がなかった。最近のホームズの事件をほとんど取り上げていないからだ。20世紀最初の年、彼は貴重な助手になった。ジョンソンは、 ―― これを打ち明けるのは悲しいことだが ―― 、非常に危険な悪人として最初に名を馳せ、パーカストでニ度懲役を受けた。最終的に彼は悔い改めてホームズに協力するようになり、広大なロンドンの地下犯罪社会で彼のエージェントとして行動し、しばしば決定的な情報を入手した。ジョンソンが警察のスパイであったら、彼の正体はすぐに判明しただろう。しかし彼は決して直接法廷に持ち込まれない事件を扱っていたので、彼の行動は仲間にはまったく気づかれなかった。二度の前歴があるという特権で、彼はどこにでも出入りできた、あらゆるナイトクラブ、安宿、街の賭博場、そして素早い観察力と切れる頭脳で、理想的な情報収集のエージェントだった。ホームズが今、呼び出そうとしているのがこの男だった。

私は自分の仕事で緊急の要件があったため、ホームズが実際にどんな手段をとったかを知ることはできなかった。しかし私はその夜、シンプソンズ*で彼と待ち会わせをした。窓際の小さなテーブルに座り、ストランド街を忙しく行きかう人の流れを見下ろしながら、彼は起きた事の一部を私に語った。

「ジョンソンは嗅ぎまわっている」彼は言った。「彼は地下社会で、それよりもっと暗い奥間に行ってごみをあさっている。その暗い犯罪の根源の中に、我々が暴き出さねばならないこの男の秘密があるからだ」

「しかしその女性がすでに判明している事実を認めようとしないなら、君がどんな新しい発見をしても決心が揺らぐだろうか?」

「やってみんと分からんだろう、ワトソン?女の感情と精神は男には解けない謎だ。殺人でさえ大目に見たり納得したりするのに、ちょっとした無礼を根に持ったりする。グラナー男爵が僕に言った話では・・・」

「彼に会ったのか!」

「ああ、そうだ、僕の計画を君に話していなかった。いいか、ワトソン、僕は敵をしっかりと把握するのが好きなんだ。僕は直接対峙して、彼が持っている才能を自分の目で見とどけけたいんだ。ジョンソンに指示を与えた後、僕はケンジントンまで辻馬車で行き、男爵が非常に上機嫌でいるのが分かった」

「彼は君だと分かったのか?」

「それはすぐに分かっただろう。僕はさっさと名刺を出したからね。彼は見事な敵だ。氷のように冷静で、滑らかな声で、上級専門医のように人を落ち着かせる。そしてコブラのように毒を持っている。彼が何を考えていた事やら、・・・・本当の犯罪貴族だ。午後のお茶を白々しくすすめて、恐ろしい残酷さなど微塵も見せなかった。僕はアデルバート・グラナー男爵に注目を引かせてもらって喜んでいる」

「感じのいい人間だと言ったな?」

「鼠が取れそうだと思っている猫は喉をゴロゴロ言わせるさ。ある種の人間の愛想よさは下等な奴らの暴力以上にもっと致命的になる。彼の挨拶は典型的だった。『ホームズさん、遅かれ早かれあなたとお会いすることになるのではと思っていました』彼は言った。『あなたは間違いなくド・メルヴィル男爵に、私と彼の娘ヴァイオレットとの結婚を阻止するために雇われた。そうですね?』」

「僕は黙っていた」

「『ホームズさん』彼は言った。『あなたはその名声にふさわしい方ですが、せっかくの名声を台無しにするだけです。これは万に一つも成功する見込みがある案件ではありません。危険を招くだけで、あなたは何の成果も得られないでしょう。すぐに手を引くことを強く忠告します』」

「『妙な偶然だな』僕は答えた。『僕はその忠告をまさに君に言おうとしていたところだ。男爵、僕は君の頭脳は尊敬している。そして君という人間を少し知った今でもそれは変わらない。男として訊きたい。誰も君の過去を暴き立てて、必要以上に不愉快にさせたいと思っていない。もう済んだことだ。そして君は今順調にやっている。しかしもし君がこの結婚に固執するなら、ものすごい数の強力な敵が立ち上り、君がイギリスにいるかぎり、ただ事ではすまなくなる。これは価値のあることか?君はこの女性に手を出さない方が絶対に賢明だ。もし君の過去を彼女の耳に入れることになれば、君にとって不愉快な事になるぞ』」

「男爵は鼻の下に昆虫の短い触角のようなワックスで固めた細い髭を生やしていた。それが話を聞いているときにおかしそうに震えていたが、とうとう小さく笑い出した」

「『笑って申し訳ない、ホームズさん』彼は言った。『しかしあなたが何のカードも持たないのに、勝負しようとしているのを見て本当におかしくなったものでね。誰にもそれ以上のことはできないでしょうが、しかしそれでもちょっと痛ましいですね。一枚の絵札もなく、ホームズさん、最低の番号札以外ないというのは』」

「『そう思うのか』」

「『そうだと分かっています。はっきりさせておきましょう。私の手札は非常に強力なので見せても差し支えありません。私は幸運にもこの女性の完全な愛情を勝ち取りました。私は、過去の人生に起きた不幸な出来事を全て非常に分かりやすく話したのですが、それでも彼女は愛を捧げてくれました。私は彼女に別の話もしました。ある悪意をもった陰険な人物が、・・・・あなたがご自分のことだと気づいていただければ幸いですが・・・・彼女のところに来て、色々な話をするだろうとね。そして私は彼女にどのようにそれをあしらえばいいか、事前注意をしました。あなたは、後催眠暗示について聞いたことがありますか?ホームズさん。まあ、それがどのようなものか分かるでしょう。才能ある人間は、やぼな手の動きや馬鹿げたポーズを使わなくても催眠術が使えるという事をね。彼女は間違いなく、あなたに対して心の準備ができています。そしてあなたと会う事になるでしょう。彼女は父親の言うことに極めて従順ですから、・・・・ただ一つ小さな事を除いてはですが』」

「まあ、ワトソン、これ以上言うことはなさそうだったので、僕はできる限り冷静に威厳を持っていとまごいをした。しかし、僕がドアノブに手を掛けた時、彼は僕を呼び止めた」

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「『ところで、ホームズさん』彼は言った。『フランスのル・ブランという探偵をご存知ですか?』」

「『知っている』僕は言った」

「『どうなったか知っていますか?』」

「『モンマルトル地区で暴漢に殴られて、一生不自由な体になったと聞いたが』」

「『その通りです、ホームズさん。奇妙な偶然の一致ですが、彼はほんの一週間前に私の捜査をしていました。おやめなさい、ホームズさん。やってもいいことはありません。それを思い知った人間は何人もいます。最後に申し上げたいのは、あなたはあなたの道を行き、私には私の道を行かせなさいということです。ごきげんよう!』」

「こういうわけだ、ワトソン。これで全部だ」

「危なそうな奴だな」

「実に危ない。僕は罵倒は聞き流すが、こいつは口で言う以上の事をやるタイプの男だ」

「君が介入する必要があるのか?彼とその女性が結婚すると、本当に問題になるのか?」

「彼が前妻を殺害したのが確実だという事を考えると、重大な問題だと言わざるをえない。それに、あの依頼人だからな!まあ、これは話す必要もないか。コーヒーを飲み終えたら、陽気なシンウェルが報告しに来ているだろうから、ぜひ一緒に来てくれ」