コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

サー・ヘンリーと私が玄関ホールを歩いてると、車輪の音が馬車道に消え、扉が重々しい音をたてて閉まった。足を踏み入れたのは、広々とした見事な部屋で、高い天井には、黒くすすけた太いオークの垂木が走っていた。年代物の巨大な暖炉の中では、高い鉄台に置かれた薪が大きな炎を上げ、乾いた音をたてて、はじけている。ヘンリー・バスカヴィルと私は、長い馬車の移動でかじかんだ手を火にかざした。見まわすと、細長くそびえ立つ古びたステンド・グラス、オークの壁、並ぶシカの頭、四方の壁を埋める紋章、すべてが部屋の中央に置かれたランプの弱々しい光に照らされて、薄暗く陰気だった。

「私が想像していたとおりです」サー・ヘンリーは言った。「旧家の家そのものという姿ではないですか?500年間家系の人間が住んでいたホールだと思うと、厳粛な気持ちになりますね」

私は彼があたりを見回した時、黒い顔が少年のような好奇心に満ちているのを見た。彼が立っているところは光が当たっていたが、長い影が壁をつたい、大きな黒い天蓋のように垂れ下がっていた。バリモアは私たちの荷物を部屋に置いてから戻ってきていた。彼は今、よく訓練された使用人の控えめな態度で我々の前に立っていた。彼は非凡な感じの男だった。背が高く、整った顔立ちで、黒い四角い顎鬚に、青白い気品のある表情をしていた。

「すぐに夕食になさいますか?」

「もう出来ているのか?」

「ほんの数分でできます。部屋にはお湯がございます。サー・ヘンリー、妻と私はヘンリー様が新たな段取りを整えるまで一緒にいられて光栄です。しかし環境が新しくなれば、この家には沢山の使用人が必要となるでしょう」

「新しい環境?」

「私が申し上げたいのは、サー・チャールズは非常にひっそりと生活していたことです。だから、私たち夫婦で旦那様のお世話をする事ができました。ヘンリー様は当然、もっと人を招待したいはずですから、使用人を変える必要がございます」

「お前たち夫婦は辞めたいというのか?」

「ヘンリー様の御都合が良くなればです」

「しかしお前の家族は何世代にも渡ってずっとここで働いていたんじゃないのか?新しい生活を始めるにあたって、真っ先に古い家族の絆を切るというのは、辛すぎる」

執事の白い顔に心を動かされた様子が見えたように思えた。

「私も同じように感じています、私の妻も同じです。しかし実を言うと、私達夫婦は非常にサー・チャールズを慕っておりました。私達は旦那様の死にショックを受け、この場所は非常に辛い場所になりました。私はバスカヴィル館では二度と心が安らぐ時がないだろうと思っています」

「しかしどうするつもりだ?」

「何かの仕事を見つけて、きっと生活できるようになると思います。寛大なサー・チャールズにいただいた資金が元手になるはずです。さあ、まずは、あなた方をお部屋にご案内いたしましょう」

古いホールの上部を取り囲むように、四角い手すりつきの回廊があり、そこに上る階段が二つあった。この中央の場所から、長い廊下が二本、建物全体に伸びており、寝室の扉はすべてその廊下にあった。私の寝室はバスカヴィルの寝室と同じ棟にあり、ほとんど隣同士だった。これらの部屋は家の中央部分に比べると、かなり新しいもののようだった。そして明るい壁紙と沢山のロウソクによって、私たちが到着した時に感じた暗い印象が少し薄れた。