コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「バスカヴィル家の犬の起源について、色々な記述が残されている。しかし私はヒューゴ・バスカヴィルからの直系子孫であり、この話は、祖父から父へ、父から私へと伝えられたものである。私はここに書かれているのが、実際に起きた事だということを、信念を持って書き下ろす。そして息子達よ、私はお前達にもそう信じさせたいのだ。罪を罰する神は、同時に広い御心で許しうる神でもあるのだ。呪いはそれほど強くない。祈り、悔い改めれば、避け得るのだ。この物語から、過去の報いを恐れず、未来について慎重に配慮することを知るべし。そして、我が家系が悲惨な苦しみを受ける元となった下劣な熱情が、再び家系が破滅するきっかけとなる事を避けよ」

大内乱時代の頃*と知るがよい。私は、教養あるクラレンドン卿*が語るこの歴史に注意を払うよう、お前達に強く勧める。このバスカヴィル荘園はヒューゴー・バスカヴィルに統治されていた。彼は、人の言う事に耳をかさず、非常に荒々しく、不敬で、無信心の男だった。聖者はこの地方で活動していなかったので、回りの人間が甘やかしたためかも知れない。しかし彼には勝手気ままで残酷な性格があり、その名は西部で知らぬ者がいない程になった。ふとした事でこのヒューゴーは、バスカヴィルの領地の近くに土地を持っていた郷士の娘に恋をした、・・・・・もし本当に彼の黒い情念を、このような美しい言葉で呼ぶ事が出来るならだが。しかし、分別があり評判もよかったこの若い女性は、彼の悪名に恐れをなし、ずっと避けつづけた。そのため、ある聖ミカエル祭の日、このヒューゴーは、怠け者で不道徳な仲間を五、六人連れて、農場に忍び込みこの女性を誘拐した。この日、父親と兄弟が不在だったのを知っていたのだ。彼女は館に運び込まれ、上の階の部屋に監禁された。毎夜の習慣として、ヒューゴーと仲間は長い酒盛りを始めた。上の階の哀れな少女は、歌やら叫びやら恐ろしい悪態が下から聞こえてきて、おそらく大変な思いをしただろう。酒を飲んだ時にヒューゴー・バスカヴィルが使う言葉は、言っている本人が呪われると噂されるほどだったのだ。恐怖に押しつぶされそうになり、遂に女性は最も勇敢で体力のある男でさえ、怖気づくかもしれないことをやってのけた。南の壁を覆っていた(今も覆っている)茂ったツタの助けをかりて彼女はひさしから下りた。そして自分の家に帰ろうとして、荒野に足を踏み入れた。バスカヴィル館と女性の父親の農場は三リーグ*離れていた」

「しばらく時間がたった時、ヒューゴーはふと思い立ち、客を残して、閉じ込めた娘に食べ物を持って行った、 ―― おそらく別の邪悪なものも一緒にだ。そして、籠がカラになっていて鳥が逃げた事を知った。その後、どうやら彼は悪魔に取り付かれ始めたらしい。彼は、階段を駆け下りて食堂に飛び込み、大きな食卓に跳び乗った。酒瓶や木皿を投げつけ、仲間全員の前で大声でこう叫んだ、 ―― もし女に追いつけるなら、この聖なる夜、俺は肉体と魂を悪魔に捧げる、と。この怒り狂ったヒューゴーと、酒に酔った男達が見つめ合って立っていた時、もっと性格の悪い、いや、もしかすると、もっと酔っぱらった男が、犬をけしかけろと気勢をあげた。その瞬間ヒューゴーは、馬手たちに対して、馬に鞍をつけて猟犬全部を小屋から出すようにと、叫びながら家を走り出た。そして女性の頭巾を犬に嗅がせ、月明かりの荒野の向こうへと、激しい勢いで跡を追わせた」

「酔った男達は、あまりにもあわただしい展開に、何が起こったのか全容を理解できず、しばらくぽかんと口を開けて立っていた。しかしまもなく、これから荒野で繰り広げられようとしている行為の意味に気づいた。大騒ぎになった。ピストルを要求する者もあり、馬を呼ぶ者もあり、ワインをもう一瓶要求する者までいた。13人の男たちは、ほとんど正気を失っていたが、まもなく少し冷静さを取り戻し、馬に乗って追跡に乗り出した。頭上には月が鮮やかに輝いていた。彼らは、もし女性が自分の家に帰るつもりなら、間違いなく向かったはずの方向を目指し、並んで馬を疾走させた」