「事実関係はしっかりと把握できています」スタンレー・ホプキンズは言った。「今知りたいのはそれがどんな意味を持っているかです。私が調べた限りでは、事件の状況はこうです。数年前、このヨクスレー・オールド・プレイスという邸宅を一人の老人が入手しました。コラム教授と名乗っています。教授は病弱で、一日の半分は寝たきりで、残りの半分は、家の周りを杖を突いてよろよろ散歩するか、車椅子に座って庭の中を庭師に押してもらうかです。家を訪問する近所の人間はごくわずかですが、会った人たちは教授に好感を持っていました。彼はその近辺では非常に博識な人物という評判でした。家に住み込んでいるのは、年配の家政婦のマーカー夫人と、メイドのスーザン・タールトンでした。二人は教授が来た時以来ずっと一緒に暮らしています。どちらも、素晴らしく人のいい人物のようです。この教授は学術書を執筆していて、一年程前に秘書を雇う必要が生じました。最初の人物と、二人目の人物は、あまり役にたちませんでした。しかし三人目のウィロビー・スミス氏は、大学を卒業したばかりで非常に若いにもかかわらず、教授の望みどおりの人物だったようです。彼の仕事の内容は、午前中は教授の口述筆記で、夜はたいてい、次の日の仕事に関係する参考文献や用例を探すのに、時間を費やしていました。このウィロビー・スミスには、アピンガムの少年時代にも、ケンブリッジの青年時代にも敵はいませんでした。私は彼の推薦状を見てきましたが、昔から礼儀正しく物静かで勤勉な人物のようでした。問題点は全くありません。それなのにこの人物が、教授の書斎で今朝、殺されたとしか思えない状況下で死を迎えたのです」
窓で風がうなり鋭く鳴っていた。ホームズと私はこの若い警部がゆっくりと奇妙な話を繰り広げている間に暖炉に近寄った。
「もしイギリス中探したとしても」彼は言った。「あれ以上自己充足的で、外部と隔絶した家庭は見つからないでしょう。誰もあの家の門をくぐらないまま、何週間も経っていたという事さえありえるのです。教授は仕事に打ち込んでおり、そのためだけに生きています。スミス青年は近所に知り合いがおらず、教授と似たような生活をしています。二人の女性が家の外に出る用事は何もありませんでした。車椅子を押している庭師のモーティマーは、軍人年金受給者です、 ―― クリミア戦争に参加した老人で、素晴らしい性格の人物です。彼は屋敷の中には住んでおらず、庭の反対側にある三部屋の小屋で生活しています。ヨクスレー・オールド・プレイスの敷地の中にはこれだけの人間しかいません。しかし、庭の門はロンドンからチャタムへの幹線道路から百ヤードのところにあります。門は掛け金を外せば開きますから、誰でも見咎められることなく入る事ができます」
「ここでスーザン・タールトンの証言をお話しましょう。この事件ではっきりした証言ができるのは、彼女だけです。午前11時から12時にかけてのことでした。彼女はその時上の階の正面の寝室でカーテンをかけていました。コラム教授はまだベッドの中でした。天気が悪い時、昼までに起きて来ることはまずありません。家政婦は家の裏で何か仕事に没頭していました。ウィロビー・スミスは自分の寝室にいました。彼はそこを居間として使っていました。しかしメイドはその時、すぐ真下の廊下を通って彼が書斎に下りていく音を耳にしました。彼女はその姿を見ていませんが、彼の早足でしっかりした足取りは聞き違えるはずがないと言っています。彼女は書斎の扉が閉まる音は聞いていませんでしたが、一分くらいして下の部屋から恐ろしい叫び声がしました。それは荒いしわがれた叫びでした。非常に奇妙でしかも不自然で、男の声とも女の声ともつかないものでした。同時に、重いドサッという衝撃で古い建物が揺れました。そしてその後、完全に静かになりました。メイドはしばらく固まっていました。それから、勇気を取り戻して彼女は階下に走って行きました。書斎の扉は閉まっていて彼女がそれを開けました。中でウィロビー・スミス氏が床に横たわっていました。最初、彼女は傷がないと思ったのですが、彼を起こそうとした時、首の後ろから血が吹き出ているのが見えました。それは小さいが非常に深い刺し傷で、頚動脈が切断されていました。その傷をつけた凶器が彼の側のカーペットの上に落ちていました。それは小さな封ろうナイフで、鈍い刃と象牙の持ち手がついた、昔風の書き物机によく置いてあるものです。それは教授の机の調度品の一つでした」
「最初、メイドはスミス青年が既に死んでいると思っていました。しかし水差しから額に水をかけると、彼は一瞬目を開けました。『教授』彼はつぶやきました。『・・・・あれは彼女でした』メイドは間違いなくこれが正確な言葉だと言っています。彼は必死に何か他の事を言おうとして、右手を宙に上げました。その後、彼はのけぞって死にました」
「その間に家政婦も現場に来ていました。しかし彼女は青年の最期の言葉には間に合いませんでした。スーザンを死体の側に残して、彼女は教授の部屋に急ぎました。教授はそれまでの物音で、何か恐ろしいことが起きたと確信しており、物凄く興奮してベッドの上に起き上がっていました。マーカー夫人は間違いなく、教授はまだ夜着のままだったと言っています。そして実際、モーティマーの手助けなしに服を着るのは、教授には不可能でした。彼は普段12時に来るように言われていました。教授は遠くで叫び声を聞いたと言っていましたが、彼はそれ以上の事は知りませんでした。彼は青年の最期の言葉、『教授 あれは彼女でした』に対して何も説明が出来ませんが、それはうわ言だと考えているようです。彼はウィロビー・スミスにまったく一人の敵もいないと信じており、犯行の原因に心当たりはありません。彼が最初にとった行動は、庭師のモーティマーを地元警察に送ることでした。しばらくして、警察署長から私に出動要請がありました。私がそこに到着するまで、何も動かされていませんでした。そして誰も家に向かう道の上を歩かないようにと厳しく命令されていました。これはあなたの理論を実地に試すまたとないチャンスでした、シャーロックホームズさん。本当に何一つ欠けているものはありませんでした」
「シャーロックホームズ氏以外には」ホームズがちょっと苦笑いをして言った。「よし、聞かせてくれ。どんな感じの捜査を行ったのか?」
「まずあなたにこの見取り図をご覧頂くようにお願いしなければなりません、ホームズさん。これで教授の書斎の大体の位置と事件の様々な点が分かるはずです。この図が捜査を理解する手助けになると思います」