コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「『父はハドソンを庭師として雇った』トレバーは言った。『それでもあいつは満足せず、すぐに執事となった。家はハドソンの思い通りになったように見えた。ハドソンは辺りをうろついて、やりたいことは何でもやった。メイドはこの男の酒癖と汚い言葉遣いに文句を言った。父はこの迷惑を埋め合わせるために全員の給料を上げた。あいつはボートを使って、父の一番上等な銃で勝手にあちこち狩猟して回っていた。その間中、あのあざ笑うようないやらしい無礼な表情だった。もしあいつが同い年だったら僕は20回以上殴り倒していただろう。いいか、ホームズ、その間ずっと僕は我慢しなければならなかった。今僕は、もう少し自分のやりたいようにしていた方が良かったのかもしれないと自問している』」

「『事態はどんどん悪くなっていった。そしてこの獣のようなハドソンはどんどんと厚かましくなっていった。遂にある日、僕の目の前でハドソンが父に横柄な返事をしたので、僕は両肩をつかんで部屋から追い出した。ハドソンは激怒した顔で静かに部屋を後にした。二つの悪意ある目は、言葉よりももっと恐ろしかった。それからあの男と父の間に何があったかは知らないが、父は次の日僕の所に来て、ハドソンに謝ってもらえないかと頼んだ。君も想像がつくと思うが、僕は断った。そして父に、どうしてあんな悪漢が父と家族に対してこんなにも傍若無人な態度をとるのを許すことができるのかと、尋ねた』」

「『《ああ、息子よ》父は言った。《全てを話したほうがいいのだが、お前は私の立場を知らん。しかしビクター、いずれは分かるだろう。どんな結果になろうとも、お前に分かる時が来るだろう。お前はこの哀れな父を傷つけているとは想像もつかんのだろう、息子よ》父は非常に動揺し、一日中書斎に篭るようになった。窓から見ると、父は書斎の中で忙しそうに書き物をしていた』」

「『その夜、僕には非常にほっとするように思える出来事があった。ハドソンがここから去ると告げたからだ。あいつは僕達が夕食後、居残っていた食堂に入って来た。そして半分酩酊した低い声でその意志を告げた』」

「『《ノーフォークにはもうこりごりで》ハドソンは言った。《ハンプシャーのベドーズのところへ行くつもりだ。あいつもあんたと同じように喜んでくれるだろう、多分な》』」

「『《まさか、気を悪くして行こうというんじゃないだろうね、ハドソン》父は媚びてこう言った。それで僕の血は沸き返った』」

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「『《詫びの言葉は聞いていないが》ハドソンはこちらをちらっと見ながらむっつりと言った』」

「『《ビクター、この立派な方をちょっと荒っぽく扱ったことは、認めるだろう》父はこちらを向いて言った』」

「『《逆です。僕らの方が彼に対して非常に我慢強かったと思います》僕は答えた』」

「『《おお、そうか、そうかい?》、ハドソンはとげとげしく言った。《いいだろう、ぼうや。いずれ分かるだろう!》』」

「『ハソドンは前かがみになって部屋を出て行き、30分後家を後にした。父はこれで哀れなほど神経質な状態になった。毎夜、毎夜父が部屋を歩き回る音が聞こえた。そして父が自信を取り戻し出した頃になって、あのとどめの一撃が落ちたんだ』」

「『どんな?』僕は、勢い込んで訊いた」

「『想像もつかないほど異常な状況だ。昨夜、父宛てにフォーディンガムの消印が押された一通の手紙が来た。父はそれを読み、頭を両手でバシバシ叩きながら、正気を失った人間のように部屋の中を小さな円を描いてぐるぐると走りだした。やっとのことで父をソファーに座らせた時、口と瞼の片側がひきつっていた。それで父が脳梗塞を起こした事が見て取れた。フォードハム先生がすぐに駆けつけた。父はベッドに寝かされたが、麻痺は広がっていた。意識を取り戻す気配はなかった。そしてもう生きて会うことはできそうもない』」

「『何と恐ろしい、トレバー!』僕は叫んだ。『それで、手紙には何と書いてあったんだ?そんな恐ろしい結果を招くような事が書いてあったのか?』」

「『何も無い。それが説明のつかないところなんだ。文面は馬鹿げていてつまらない。ああ、恐れていた通りだ!』」