コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「僕達三人が芝生の庭の上の椅子に座って日向ぼっこをしながら湖沼地方の眺めを楽しんでいると、メイドがやって来て、トレバーさんに会いたいという男が戸口に来ていると告げた」

「『なんという男だ?』父親は訊いた」

「『言おうとしません』」

「『では何の用だ?』」

「『ご主人のお知り合いだと言っています。ちょっと話をしたいだけだそうです』」

「『連れてきてくれ』しばらくして、卑屈な態度でよぼよぼした歩き方の背の低い萎びた男が現れた。男の服装は、袖にタールの染みがついた前の開いた上着、赤と黒のチェックのシャツ、作業着のズボンという姿で、ひどくくたびれた重そうなブーツを履いていた。男の顔は痩せて陽に焼け、ずる賢そうで、常にヘラヘラと笑っており、そのたびに黄色い乱杭歯が見えた。皺だらけの手は、船員風に握り締められていた。男が前かがみの姿勢で芝生を歩いて来た時、トレバーの父は喉をしゃっくりのように鳴らしたかと思うと、椅子から跳び上がって家の中に駆け込んだ。トレバーの父はすぐに戻ってきたが、通り過ぎる時に強いブランデーの匂いがした」

「『やあ』トレバーの父は言った。『何か用かな』」

「男は立ち止まると目を細めてトレバーの父を見た。そして相変わらずだらしない口元に笑みを浮かべていた」

「『ワシがわからんかな?』男は尋ねた」

「『おや、なんと、間違いなくハドソンだ』トレバーの父は驚いた調子で言った」

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「『ハドソンでさ』ハドソンは言った。『最後に会ってから30年以上かね。お前さんは自宅で、ワシはいまだに樽から塩漬け肉をつまんでいるわけだ』」

「『いや、私が昔のことを忘れていないことは、きっと分かってもらえるよ』トレバーの父は叫んだ。そして、ハドソンのところに歩いて行き、小声で何か話した。『台所に行こう』トレバーの父は声を大きくして続けた。『食べて、飲んでくれ。きっとお前に仕事を見つけよう』」

「『ありがとうございます』ハドソンは前髪に触れながら言った。『人手の足りない二年契約の八ノット不定期貨物船からちょうど降りたところで、ちょっと休息したい。ベドーズさんかあなたか、どちらかにお邪魔させていただけないかと思って』」

「『ああ!』トレバーの父は叫んだ。『ベドーズがどこにいるか知っているのか?』」

「『幸い、昔の友人がどこにいるかは全部分かってるよ』ハドソンはずるそうに笑いながら言った。そして前かがみの姿勢で、メイドについて台所に入っていった。トレバーの父は僕たちに、あの男は採掘に戻る時、同じ船に乗り合わせた男だというような事をつぶやくと、息子と僕を芝生に残して部屋に入った。一時間後、僕たちが部屋に入ると、トレバーの父は完全に酔っ払って居間のソファの上で横になっていた。僕はこの出来事に非常に不愉快な印象を受けたものの、次の日ドニソープを出て行くのが申し訳ないとは思わなかった。僕がいると、きっとトレバーにバツの悪い思いをさせることになると感じたからだ」