「もしモリアーティ教授に知られることなくここまでやり遂げる事が出来ていれば、全ては上手くいっていただろう。しかし彼がそこまで愚かなはずはない。僕が彼の周りに罠を張り巡らせていた全ての手段が見破られた。彼は何度となく必死で逃れようとした。しかし僕はしばしば彼を出し抜いた。言っておくが、ワトソン、もしこの静かな闘争の詳細を本にすれば、それは推理の歴史の中で最も素晴らしい闘争として残るだろう。僕はこれほどまで高度な手段を必要としたことはないし、対抗者にこれほど押されたことはない。彼は深く切ってきた。しかし僕はぎりぎりのところで一枚上手を行った。今朝、最後の仕上げが終わり、この仕事を完成するまで、後三日を残すだけとなった。僕はこの件について考えながら、自分の部屋に座っていた。その時扉が開き、モリアーティ教授が目の前に姿を現した」
「僕はかなり神経が太い方だが、ワトソン、しかし僕がこれほど考えてきたその男が、すぐ目の前の戸口に立っているのを見た時、ギクリとしたと告白しなければならない。僕は彼の外見を非常によく知っていた。彼は非常に背が高く痩せていて、額は白い弧を描いて突き出ており、二つの目は顔の奥深くに沈み込んでいた。綺麗に髭をそり、青白く、苦行者のようで、幾らか教授の雰囲気を残した顔立ちをしていた。背は研究で丸まっていて、顔は前に突き出て、奇妙な爬虫類のような仕草でずっとゆっくり横に揺れていた。彼は目をすぼめて非常な興味を持った様子で僕を見つめた」
「『君は私が思っていたほど前頭葉が発達しとらんな』彼は遂に言った。『ガウンのポケットの中で弾を込めた拳銃をいじるのは危険な習慣だよ』」
「実は、彼が入ってきた時、僕はすぐに非常に危険な立場に立たされている事に気付いた。彼にとって、この罠から逃がれるために出来ることはただ一つ、僕の口を封じる事だ。瞬間的に、僕は拳銃を引出しから取り出してポケットに入れ、服の中から彼に銃口を向けていた。彼の話で、僕は拳銃を引き出して撃鉄を起こしたままテーブルに置いた。彼はまだ笑顔で目をしばたかせていた。しかし彼の目には何か、僕が拳銃を持っていて良かったと思わせるものがあった」
「『君はどうやら私を知らないようだ』彼は言った」
「『逆ですな』僕は答えた。『私が知っているのは言うまでもないはずですがね。椅子におかけください。何かおっしゃりたい事があれば、五分間差し上げましょう』」
「『私が言いたい事はすべて君の心に浮かんでいるはずだ』彼は言った」
「『では、おそらく私の答えはあなたの心に浮かんでいるでしょう』僕は答えた」
「『どうしても固執するのだな?』」
「『そうです』」
「彼はポケットにさっと手を入れた。そして僕はテーブルから拳銃を取り上げた。しかし、彼はただ日付を書き込んだメモ帳を取り出しただけだった」
「『1月4日に君は私の邪魔をした』彼は言った。『23日に君は私に迷惑をかけた。2月中旬までに私は君によってひどく迷惑を蒙った。三月終わりに私は完全に計画を妨げられた。そして今、4月の終わり、私は君の絶え間ない迫害によって、自由を失うという明らかに危険な立場に立たされている。状況は容赦できないものになりつつある』」
「『何がおっしゃりたいのですかな?』僕は尋ねた」
「『手を引くのだ、ホームズ君』彼は首を振りながら言った。『本当にそうしなければならんのだ。分かっているだろう』」
「『月曜を過ぎればね』僕は言った」
「『チィ、チィ!』彼は言った。『私は確信している。君ほどの知能の持ち主であれば、この事態にはただ一つの結果しかありえないことが分かるだろう。手を引くことは不可欠なのだ。君がこんなやり方で事を進めたので、我々に残された手段はただ一つしかない。私にとって、君がこの事態に立ち向かっている方法を見るのは知的な喜びだ。そして率直に言って、極端な手段に訴えなければならないのは私にとって心苦しいことなのだ。君は笑うが、はっきり言って、本当にそうなのだ』」
「『私の仕事に危険は付き物です』僕は言った」
「『これは危険ではない』彼は言った。『必然的な破滅なのだ。君は単なる個人ではなく巨大な組織の邪魔になっている。その全体像は君が、・・・・君の全ての知能を持ってしても、理解する事は不可能だ。脇に退くのだ、ホームズ、さもなくば踏みつぶされるぞ』」
「『申し訳ないですが』僕は立ち上がりながら言った。『お話は大変楽しいのですが、別件で重要な仕事があり、これ以上は時間をとれません』」