その瞬間、下の通りからガタガタという音が聞こえてきた。見下ろすと堂々とした二頭立ての馬車が目に入った。艶々した立派な栗毛の臀部に明るいランプが輝いていた。従僕が扉を開け、毛足の長いアストラカンコートを着た背の低い太った男が降り立った。一分後、彼は部屋にやってきた。
チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンは、大きく賢そうな頭と丸い肉付きの良い髭なしの顔で、ずっと凍った微笑をし、二つの鋭い灰色の目が幅広の金縁眼鏡の後ろでキラキラと光っていた。彼の外見にはピクウィックのように人の良さそうなところがあったが、ただ不誠実そうに固まった笑顔と、チラチラ動く刺すような目の輝きによって帳消しになっていた。彼の声は外見同様、滑らかで温厚だった。彼が、最初の訪問で会い損なったのが残念だったとつぶやきながら丸々とした小さな手を伸ばして歩み寄った時、ホームズは差し出された手を無視し、硬い顔つきで彼を見つめた。ミルヴァートンは笑顔の口元をいっそう広げ、肩をすぼめるとコートを脱ぎ、それをたたんで非常に慎重に椅子の背の上に掛け、それから椅子に座った。
「こちらの紳士は?」彼は私の方に手を振って言った。「口の軽い人ではないでしょうね?大丈夫なんですか?」
「ワトソン博士は友人で協力者です」
「結構です、ホームズさん。私はあなたの依頼人のためを思えばこそ申し上げただけです。この一件は非常に繊細ですからね・・・・」
「ワトソン博士は既にその点は知っています」
「では仕事に入りましょうか。あなたはレディ・イーバの代理人をされているとおっしゃいましたね。彼女はあなたに私の条件を受け入れる権限を与えたのですか?」
「あなたの条件とは?」
「7000ポンドです」
「払わなければ?」
「よろしいですか、これをお話しするのは私には辛いのです。しかし、もしその金が14日までに支払われないと、間違いなく18日の結婚はありません」彼の鼻持ちならない笑顔はこれまでになく悦に入った様子になった。
ホームズはちょっと考え込んだ。
「僕の考えでは」遂に彼は言った。「君は、必要以上に話を大きくしている。僕はもちろん、その手紙の内容はよく承知している。依頼人は間違いなく僕の助言を受け入れるだろう。僕は彼女に将来の夫に全てを話し、彼が広い心で許してくれると信頼するように助言するつもりだ」
ミルヴァートンはクスクスと笑った。
「あなたは伯爵のことをご存知ないようだ」彼は言った。
ホームズの顔に当惑が浮かび、はっきりと彼が知っている事が見て取れた。
「その手紙に何か不都合な事でも書いてあるのか?」彼は尋ねた。
「快活ですね、 ―― 非常に快活だ」ミルヴァートンは答えた。「この女性の手紙は素晴らしい。しかしドバーコート伯爵がそれを正しく評価できないことは、あなたに保証できますよ。しかし、あなたが私と違う意見をお持ちなら、それはそれで結構です。これは純粋に仕事上の話です。もしあなたがこの手紙を伯爵の手に渡すのが、一番依頼人の利益になると思っているなら、それを取り戻すために大金を支払うのは本当に馬鹿な話だ」彼は立ち上がりアストラカンのコートを掴んだ。
ホームズは怒りと屈辱に青ざめた。