コンプリート・シャーロック・ホームズ
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小さな道沿いの駅で降りると、我々は広い森の跡地を越えて数マイル馬車で行った。そこはかつて非常に長い間、サクソンの侵略者達を閉じ込めていた広大な森の一部だった、・・・・60年間、大ブリテン島の要塞だった鉄壁の「ウィールド」だ。だが、ここはイギリス最初の製鉄所の本拠地で、鉄鉱石を溶かすために材木が必要だったため、大部分の木が伐採されてしまっていた。今では、より豊かな北部地域が製鉄業を吸収し、破壊された森と激しく傷つけられた大地が過去の産業の痕跡を残しているだけだった。丘の緑の斜面にある開拓地に幅広く低い石造りの家が建っていた。その近くを野原を抜けて続く曲がりくねった馬車道が通っていた。その道にもっと近づいた場所に、三方向を茂みに囲まれ、一つの窓と扉がこちらを向いている小さな離れがあった。そこが殺人現場だった。

スタンレーホプキンスは最初に家へ案内した。そこで彼は憔悴した白髪混じりの女性に私たちを紹介した。この女性が殺害された男の未亡人だった。やつれて深い皺が刻まれた顔と赤く隅どられた目の奥に、人目をはばかる恐怖の影があり、彼女が耐え忍んできた苦境と虐待の日々を物語っていた。彼女の隣に青白い金髪の娘がいた。娘が我々に、父が死んだのが嬉しい事で、殺した人間に感謝すると話した時、青い目が挑戦するように燃え上がった。これが、ブラック・ピーター・キャリーが自分に合わせて作り上げた恐ろしい家族だった。そして、我々はもう一度屋外に出ると、やれやれという気持ちになって、殺された男の足で踏みならされた道を歩いて敷地を横切って行った。

離れはこれ以上簡素なものはない住居だった。壁は木のままで、天井はなく、扉の側に窓が一つあり、向こう側にもう一つの窓があった。スタンレー・ホプキンズはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に向かってかがもうとした。その時、彼はぎょっとして、いぶかしげな顔で動きを止めた。

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「誰かがこれをいじっている」彼は言った。

それは疑問の余地がなかった。木の部分に切れ目があり、今まさについたような白い引っ掻き傷が塗装の下から浮かんでいた。ホームズは窓を調べた。

「ここからも押し入ろうとしたな。誰かは分からんが、入るのには失敗している。非常に不手際な泥棒に違いない」

「これは本当に驚くべきことです」警部は言った。「昨日の夜、こんな傷が無かったのは間違いありません」

「もしかして好奇心の強い村人かな?」私は言った。

「ちょっと考えられません。わざわざこの敷地に足を踏み入れる者はほとんどいません。ましてこの船室に押し入ろうと試みるなど考えられません。あなたはどうお考えですか、ホームズさん?」

「我々は非常に幸運に恵まれていると思うね」

「この人物がまた来るという意味ですか?」

「大いに見込みがある。彼は扉が開いていると思ってやってきた。彼は非常に小さなペンナイフの刃を使って入ろうとした。上手くいかなかった。彼はどうするだろう?」

「もっと使える道具を持って、次の夜もう一度来る」

「それに違いない。彼を待ち伏せしなかったら大失態だ。それまでの間、船室の内側を見せてくれ」

惨劇の痕跡は取り除かれていたが、小さな部屋の中の家具類はまだ犯罪が起きた夜のままに置かれていた。ホームズは非常な注意力で、二時間かけて全てのものを順に調べた。しかし彼の表情をみると調査は上手く行かなかったようだ。ただ一度だけ彼は粘り強い捜査の手を止めた。

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「何かこの棚から持って行ったか、ホプキンズ?」

「いいえ、何も動かしていません」

「何かが持ち去られている。この棚の角だけほかよりも埃が少ない。本が横向きに置かれていたのかもしれない。箱があったのかもしれない。よし、よし、これ以上はどうしようもない。この美しい森を歩こう、ワトソン。そして鳥と花を愛でて時間をつぶそう。後でこの場所で落ち会おう、ホプキンズ。そして昨夜ここにやってきた男と出会えるか試して見よう」