コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

ホームズは私に一緒に来るよう強く勧めたが、それはこちらも望むところだった。この話を聞いて、私は好奇心がわき、同情心を大いにかき立てられた。正直に言うと、私には不幸な父親と同様、息子の罪は明白に思えた。しかし、それでも私はホームズの判断に信頼を置いていたので、この疑問の余地の無さそうな説明にホームズが納得していない以上、希望が残っているはずだと感じていた。この南部の郊外に着くまでの間、ホームズはほとんど口をきかず、代わりに顎を胸に当て、帽子を目深に下げ、深い考えに沈んでいた。ホールダー氏はホームズの態度に少し希望を取り戻したのか、元気が出てきた様子で、仕事上の出来事に関して、私ととりとめのない雑談を楽しんだりさえした。列車でちょっと行って、さらに少し歩くとフェアバンクに着いた。裕福な金融業者にしては質素な住まいだった。

フェアバンクは道から少し奥まったところに建っていて、かなり大きな白い石造りの四角い建物だった。雪に覆われた芝生の間に、緩やかにカーブした広い馬車道が、敷地の入り口にある大きな二枚の鉄扉まで伸びていた。右手には小さな木製の扉があり、その向こうには、丁寧に刈りこまれた生垣の間の狭い道が大通りと勝手口をつないでおり、商人の出入りする通用門になっていた。左手には厩舎に繋がる細い道が走っていた。道自体は敷地ではなく公道だったが、ほとんど利用されていない通路だった。ホームズは玄関口に立っている私たちを残して、ゆっくりと家の周りを歩いて行った。正面を横切り、小道を下り、後ろの庭を回って厩舎に続く小道にまで到達した。なかなか終わらないようなので、ホールダー氏と私は応接室に入り、暖炉の側でホームズが帰って来るのを待った。私たちが黙って座っていたら、ドアが開いて若い女性が入って来た。彼女は平均より少し身長が高く細身で、真っ青な顔のせいで黒い髪と瞳が余計に黒々と見えた。これまで、これほど青ざめた顔の女性を見た記憶はないと思ったほどだった。彼女は唇まで血の気が引いていたが、目は泣き腫らして真っ赤だった。この女性が静かに部屋に入って来た時、朝の依頼人以上に、彼女が深く悲しんでいる印象を受けた。そしてそれ以上に印象的だったのは、 ―― 彼女は明らかに強い性格の女性に見えたが ―― 、自制心の強さだった。彼女は私がいるのをはばからずに真っ直ぐホールダー氏の元へ行き、頭の上から後ろに手をやって優しく女性らしい抱擁をした。

illustration

「お父さん、アーサーが釈放されるように命じていただけましたよね?」彼女は尋ねた。

「いや、していない。この事件は徹底的に解明しないとな」

「でも、私はアーサーが無実だと確信しています。女性の直感がどんなものか、お父さんもご存知でしょう。アーサーが何も悪いことをしていないのは分かります。お父さんも、こんなひどい扱いをした事をきっと後悔しますわ」

「もし無実なら、なぜあいつは何も言わんのだ?」

「それは分かりません。もしかすると、お父さんが疑ったことに腹を立てているからではないでしょうか」

「疑うに決まっているだろう。宝冠を手にしているところをこの目で見たんだぞ?」

「ああ、でもアーサーは手に取って見ていただけかもしれません。お願いですからアーサーが無実だという私の言葉を信じてください。もうこれで終わりにして下さい。私たちの愛するアーサーが監獄にいると思うと恐ろしくて!」

「宝冠が見つかるまでは決して止めんぞ、 ―― 絶対にだ。メアリー、お前はアーサーを愛するあまり、私が窮地に立たされているのが分からなくなっている。事件を揉み消すどころか、もっと深く調べるためにロンドンからある紳士を連れて来た」

「このお方ですか?」メアリーは私の方を振り返って訊いた。

「いや、この方の友人だ。その紳士は一人で調べたいようだった。今、厩舎の道を回っている」

「厩舎の道?」メアリーは黒い眉を上げた。「そこで何が見つかると思っているのでしょう。ああ、きっとあちらがその方ですね。あなたはきっと証明してくださると信じています。私の信念が正しくて、いとこのアーサーがこの犯罪に加担していないことを」

「その意見には、全面的に賛成です。そして私も、無実を証明できると確信しています」戻ってきたホームズがマットに靴の雪を落としにマットへ向かいながら答えた。「あなたが、メアリー・ホールダーさんですね。一つ二つ質問してよろしいですか?」