三破風館は前日穏やかな家族が住んでいたものとは、全く別の建物のように見えた。何人かの野次馬達が庭の門の所に集まっていた。その間二人の巡査が、窓とゼラニウムの花壇を調べていた。家の中で我々は白髪交じりの老紳士に会った。彼は弁護士だと自己紹介をして、同時にせわしない赤ら顔の警官を紹介した。その警官はホームズを旧友のように歓迎した。
「ところで、ホームズさん。残念ながらこの事件にあなたの出番はないですな。特徴のない普通の窃盗に過ぎません。だから、この老警官で十分に対応できるものです。専門家の手助けは必要ありません」
「この事件がいい警官の担当になったことは確かなようですね」ホームズが言った。「ただのありふれた窃盗だとおっしゃいましたね?」
「まったくその通りです。犯人達もどこで見つかるかも非常によく分かっています。バーニー・ストックデールの一味です。大きな黒人がその中にいました。彼らはこの近くで目撃されています」
「素晴らしい!彼らは何を盗って行ったんですか?」
「それが、大したものは持っていかなかったみたいです。マーベリー夫人はクロロホルムを嗅がされて、家は・・・、あ!夫人がいらっしゃいました」
昨日の友人は非常に青ざめて気分が悪そうに見えたが、小さなメイドに寄りかかって部屋に入ってきた。
「あなたにいい助言をしていただいたのに、ホームズさん」彼女は後悔したというように微笑んで言った。「ああ、私はその通りにしませんでした!私はスートロさんを煩わせたくなかったんです、だから私は一人きりでした」
「今朝聞いたばかりなんです」弁護士は説明した。
「ホームズさんは私に誰か友人に家にいてもらうように勧めてくれたんです。私はその勧めを無視して、それでその報いを受けました」
「非常にお加減が悪いようですが」ホームズが言った。「何とか、どんなことが起きたのかを話していただけませんか」
「全部ここにありますよ」警部は分厚い手帳を叩きながら言った。
「それでも、もし夫人が疲れきっていなければ・・・」
「本当にお話することはほとんどありませんの。意地悪いスーザンがあの人たちの侵入を手引きしたのは間違いないと思います。あの人たちはこの家の事を非常によく知っていたに違いありません。一瞬クロロホルムを染み込ませた布が口の周りに押し付けられた記憶があります。しかしどれくらい長く意識を失っていたかは分かりません。私が目覚めた時、一人の男が私のベッドの側にいて、もう一人が息子の荷物から包みを持って立ち上がるところでした、荷物は一部が開かれて床に散乱していました。男が逃げる前に私は跳びあがって捕まえました」
「危険な行為ですよ」警部が言った。
「私は男にしがみつきました。しかし彼は私を振りほどきました。そしてもう一人が私を殴ったのでしょう。それ以上覚えていませんから。メイドのメアリーが物音を聞きつけて、窓の外に向かって悲鳴を上げ始めました。それで警察がやってきました。しかし悪党達は逃げてしまっていました」
「彼らは何を持って行ったんですか?」
「そうね、価値のあるものはなにも無くなっていないと思います。息子のトランクにそういうものがないのは確かですから」
「犯人達は手がかりを残していきませんでしたか?」
「紙が一枚だけあります。これは私がしがみついた男から引きちぎったものかもしれません。完全にくしゃくしゃになって床に落ちていました。息子が書いたものの一枚です」
「ということは大して役には立ちませんね」警部が言った。「もしそれが窃盗犯によって書かれたものだったのなら別ですが・・・」
「その通り」ホームズが言った。「初歩的で常識的判断ですね!そうだとしても、ぜひそれを見てみたいですね」
警部はポケットから折りたたんだフールキャップ紙を取り出した。
「どんなにつまらないものでも私は決して見逃しませんよ」彼はちょっともったいぶって言った。「これが私からあなたへのアドバイスです、ホームズさん。25年の経験で私はこの事を学んだのです。どこから指紋などが見つかるかは分かりませんからね」
ホームズはその紙を調べた。
「これをどう思います、警部?」
「私が分かる範囲では、何か妙な小説の終わりのようですね」
「これは本当に妙な物語の結末みたいですね」ホームズは言った。「紙の上の部分の番号に気づいたでしょう。245です。残りの244ページはどこにいったんでしょう?」
「強盗たちが持っていたと思いますね。それでどれだけの稼ぎになるのやら!」
「こんな書類を盗むために家に押し入るというのは、奇妙なことだと思いませんか?何かピンときませんか?警部」
「そうですね、私が思うのは、彼らは非常に慌てていて最初に見つかったものをただ持っていたということです。持って行ったもので満足してくれればいいですが」
「なぜ息子のものを盗りに来たんでしょうか?」マーベリー夫人が尋ねた。
「そうですね、彼らは下の階で価値のあるものが見つからなかった、だから上の階に何かないかと思った。これが私の読みです。あなたはどうお考えですか、ホームズさん?」
「よく考えなければなりません、警部。窓のところに来てくれ、ワトソン」それから、私達は並んで立ち、彼は紙の切れ端を読み返した。それは文の途中から始まりこのように続いていた」
「・・・顔の切り傷や殴られた傷から血が多量に流れ出た。しかしそれは彼が愛らしい顔を見たときの心の傷に比べれば何でもなかった。自分自身の命を捧げても構わないと思っていたその顔が、彼の苦痛と屈辱を見つめている。彼女は微笑んだ・・・・・そうだ、確かだ!彼が彼女を見上げた時、彼女は微笑んだ。あたかも心のない悪魔であるかのように。これが愛が死に絶えて憎悪が生まれた瞬間だった。人は生きる目的が必要だ。しかしそれは君の抱擁ではない。それは間違いなくお前が破滅して我が復讐が完遂される事に違いないのだ」
「奇妙な文だ!」ホームズはその紙を警部に返す時、微笑んだ。「『彼』が突然『我が』になるのに気づきましたか?これを書いた男は自分の話に夢中になり、決定的瞬間に自分自身が主人公になったように思ったのだ」
「とんでもない駄作のようですね」彼はそれを手帳に戻しながら言った。「何ですか!帰るのですか?ホームズさん」
「この事件がこれほど有能な人の手にあるのですから、今私が何か出来ることはないと思います。ところで、マーベリーさん、旅行したいとおっしゃいましたね?」
「ずっと夢見てきましたの、ホームズさん」
「どこに行きたいですか、 ―― カイロ、マデイラ諸島、リビエラ、とかですか?」
「ああ、もしお金があるなら世界一周するでしょうね」
「そうでしょうね。世界一周ですか。では、失礼します。夜に手紙を出すかもしれません」我々が窓際を横切るとき、警部がニヤリとして頭を振るのが目に入った。「頭のいい人間はいつもちょっと妙だ」これが警部の笑い顔から私が読み取った事だ。
「さあ、ワトソン、このちょっとした旅も、最後の一周だ」ホームズは我々が気ぜわしいロンドンの中心に戻ってきた時に言った。「すぐに事件を解決するのが一番だと思う。そして君に一緒に来てもらうのがいいな。イサドラ・クラインのような貴婦人を相手にする時には、証人がいるほうが安全だと思うからね」
我々は辻馬車を捕まえて急いでグローヴナー・スクエアの、とある場所まで急いだ。ホームズは考え込んでいたが、突然活動的になった。
「ところで、ワトソン、全てがはっきり分かっているよな?」
「いいや、そんなことはない。僕はただこの事件全体の背後にいる女性に会いに行こうとしていると思っているだけだ」
「その通りだ!、しかし、イサドラ・クラインの名前を聞いても何も思い浮かばないのか?どんな女性も足元にも及ばないという噂の美女、イサドラだ。彼女は生粋のスペイン人だ。横柄な征服者の真の末裔だ。しかも、何世代にもわたるペルナンブコの支配者の家系だ。彼女はクラインという老齢なドイツ人砂糖王と結婚した。そしてほどなくして、この世で最も裕福で最も美しい未亡人となった。つまり、自分の趣味を満足させる火遊びの時が来たのだ。彼女には何人もの愛人がいた。そしてロンドンで最も印象的な男性であるダグラス・マーベリーが、その一人だった。周りの話では、彼にとってはそれはただの火遊び以上だった。彼は社交界の浮気者ではなく、全てを与え、全てを要求する屈強で誇り高い男だった。しかし彼女は小説の『つれない美女』だった。彼女の気まぐれが満たされると関係は終わりになる。そして情事の相手が自分の言う事を聞かなければ、どうやって聞かせるかは知っている」
「ではあれは彼自身の話か・・・」
「ああ!これでどんどん繋がってきたな。彼女はローモンドの若い公爵とまさに結婚しようとしているところだと聞いた。公爵はほとんど息子と言っていい年齢だ。公爵の母親は歳のことは見過ごすかもしれない。しかし大きな醜聞はまた別の話だ。だから急を要するのだ・・・。あ!着いたぞ」
それはウエスト・エンドで最も素晴らしいコーナーハウスの一つだった。ロボットのような下僕が、我々の名刺を持って行き、婦人は家にいないという返事をしに戻ってきた。「では彼女が家にいるようになるまで待たせてもらおうか」ホームズは能天気に言った。
ロボットが壊れた。
「家にいないというのはあなたには会わないという意味です」下僕が言った。
「結構だ」ホームズが答えた。「ということは待つ必要がないという意味だな。このメモを主人に渡してくれるかな」
彼は二つ、三つの単語を手帳の一ページに書き、折りたたみ、それを男に手渡した。
「何と書いたんだ?ホームズ」私は尋ねた。
「ただこう書いた、『では、警察に言いましょうか?』これで中に通されると思うよ」