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時代背景 |
シャーロック・ホームズ・シリーズは、1887年から1927年までの長期にわたって執筆されました。
この間に時代は移り、ガス灯は電灯に、馬車は自動車に、電報は電話に取って変わられました。
しかし、シャーロック・ホームズが活躍する時代は、ほとんど19世紀末です。
つまり、時代と共にシャーロック・ホームズも近代化していったのではなく、
ずっと19世紀末の世界を生きていたわけです。
やはり、シャーロック・ホームズにはガス灯・馬車・電報が似合うというのが、
著者と当時の読者が共通認識だったのでしょう。
(もちろん、現代の読者においても同じで、「三人ガリデブ」でホームズが電話する場面に違和感を覚える読者もいるくらいです。)ここでは、ホームズが活躍した時代について簡単に説明します。
産業革命と植民地政策
19世紀後半のヴィクトリア朝時代は、イギリスが産業革命によって絶頂期をむかえた時代です。
機械生産によって多量に生み出される商品の原料調達と消費市場を同時に満足させるために、
世界を植民地化する政策がとられました。
しかし、帝国主義政策によって世界中を植民地にしたものの、ボーア戦争、アフガン戦争など激しい抵抗が起きます。19世紀後半頃、アメリカはすでに独立から100年を経過していますが、オーストラリアはまだイギリスの領土でした。シャーロック・ホームズではこうした植民地が犯罪者の温床のように描かれていますが、
おそらくこれは本国に残ったイギリス人の多くが持っていた偏見だったのでしょう。
ロンドン人口爆発
ロンドンはイギリス産業の中心地として、急速に発展・拡大を続け、19世紀初頭には85万人ほどだった人口が、1899年には700万人にまで増え、市街地も8倍に拡大します。
大雑把に言って、シティと呼ばれる旧市街地を中心に、西側のウェストエンド地区が富裕層、東側のイーストエンド地区が貧民層というように色分けされ、
イーストエンドのスラム街は貧困労働者で膨張し、衛生状態は悪化、1848年にはロンドンでコレラが流行します。
また、石炭などの燃焼に伴う煙や微粒子によって恒常的にスモッグが発生して、ロンドンは「霧の都」という異名を与えられます。
時代は1952年にまで下りますが、ロンドンでは一万人の死者を出した「ロンドンスモッグ」という途方もない公害が発生しています。もちろん、これ以前にもしばしば大きなスモッグは発生していました。
シャーロックホームズ作品の中でも茶色い油滴交じりの霧が窓の外を覆う陰気な場面がしばしば記述されています。
スコットランドヤード創設
急速な人口増加に伴って、犯罪が多発して社会不安が高まってきた結果、1829年には首都警察が創設されました。
設立当初は3000人程だった警察組織は1899年には16000人程に増強され、ロンドン市民には警察がなじみのある組織となりました。
シャーロックホームズの時代はこのように、警察組織が編成され、職業的な組織形態やスキルを高めていく時代に当たります。
この時代は、様々な主題が「科学」として認知され、「科学者」が生まれてきた時代ですが、
警察の捜査も徐々に科学的要素を取り入れた、いわゆる「科学的捜査」を生み出しつつありました。
シャーロックホームズ作品中、しばしば science of deduction(推理の科学)という言葉が出てきますが、これにはこのような時代的背景が影響しているでしょう。
公的警察と私立探偵
公的警察と私立探偵は、今日の日本では法的な立場や実力に決定的な違いがありますが、
都市警察が生まれたばかりの時代には、
警察官自身が私的な捜査を請け負ったり、逆に警察が捜査の過程で民間人を使ったりするような事があり、
両者の境界線は必ずしも明確ではなかったようです。
シャーロックホームズシリーズでも、「ボスコム谷の惨劇」の中で、
ロンドン都市警察の警部であるレストレードに田舎で起きた事件を捜査してもらう場面で、
'retained Lestrade' という表現を使っています。ほとんどの邦訳では頼んで(無償?)来てもらったような訳になっていますが、状況としては不自然です。retain をロングマンで引くと 'if you retain a lawyer or other specialist, you pay them to work for you now and in the future' とあり、弁護士や専門家を retain するというのは、金を払って雇うという意味が出ています。CODでも、'secure the services of (a barrister) with a preliminary payment'という項目があります。要するに前金を払って、将来の仕事を確保するというのが retain です。
この事件で、レストレードはホームズに直接、調査の協力を依頼していますが、それには当然調査費を支払う必要があるわけですから、やはりレストレードも何らかの形で報酬を受け取っていたと考えるのが自然でしょう。
このような状況を踏まえていないと、ロンドン警視庁のレストレード警部が私立探偵のホームズのところに事件の相談に来る、というのが非常に違和感のある設定になってしまいます。
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