ボヘミアの醜聞 10 | ボヘミアの醜聞 11 | 赤毛組合 1 |
「確認させてもらう」ホームズは使用人を押しのけて居間に駆け込んだ。王と私は後に続いた。家具はあらゆる方向に散乱していた。ちょうど彼女が逃げる前に急いで漁った跡のように、引出しは抜き出され、箪笥は開けられていた。ホームズはベルの紐に飛びつき、小さな滑り蓋を引きちぎり、手を突っ込み、手紙と写真を取り出した。写真はイブニングドレスを着たアイリーン・アドラーだった。手紙の表には「シャーロックホームズ殿 来訪まで取り置き」と書かれていた。ホームズは封筒の口を引き裂いた。そして私達三人は一緒に読んだ。日付は昨夜の深夜になっており、こう続いていた。
親愛なるシャーロックホームズ様
本当に素晴らしいお手際でした。あなたには完全に騙されました。あの火事騒動が終わるまで、疑いは全く感じませんでした。しかしその後、私は自分が騙されていたことに気付き、考え始めたのです。何ヶ月か前に私は注意されていました。もし王様が誰かを雇うなら、それはきっとあなただと。そして住所を知らされていました。しかし、これだけ用心していたにもかかわらず、あなたは狙いのものを私にさらけ出させました。疑念が芽生えた後でも、私はあんなに優しく、親切な高齢の牧師を悪く思うことがなかなかできませんでした。しかし、ご存知のように、私も女優としての訓練を受けております。男性の衣装には慣れていますし、男装すると女性より自由に行動できるので、よく活用しています。私は御者のジョンにあなたを見張らせ、上に駆け上がって、私が散歩服と呼んでいる服を身につけ、そしてあなたがちょうど出て行くところに降りて行きました。
さて、あなたを戸口までつけたので、私はかの著名なシャーロックホームズ氏の狙いの的になったことが確実になりました。その時私は向こう見ずにも、おやすみなさい、の挨拶を言いたくなったのです。そして夫に会いにテンプルに行きました。
私達はこれほどまでに恐ろしい敵の追求を受けたかぎりは、逃げるのが一番よい方法だと考えました。ですから、明日来られた時、家はもぬけの殻です。写真について一言申し上げるなら、あなたの依頼人は安心して構いません。私は彼より素晴らしい男性と愛し愛されることとなりました。王様は、かつてむごい仕打ちをした者に邪魔される心配なく、お望みのことをされるとよいでしょう。私は予防策として、あの写真を預からせて頂きます。そして将来王様が、どんな手段に訴えるかも知れませんので、確実な自衛手段として預からせていただきます。王様が手元に置いておきたいと思うかどうか分かりませんが、別の写真を置いていきます。親愛なるシャーロックホームズ様
敬具
アイリーン・ノートン 旧姓アドラー
「なんと言う女だ・・・ああ、なんと言う女だ!」三人がこの書簡を読み終わった時、ボヘミア王が叫んだ。「いかに頭の切れる不敵な女かと言うことを、説明しなかったか?彼女なら素晴らしい王妃になれたであろうに。彼女の格が私と違ったのは嘆かわしいことではないか?」
「この女性を見てきた限りでは、確かに陛下とは格が違うようですな」ホームズは冷ややかに言った。「申し訳ありません。私は陛下の事件にもっと喜ばしい結果をもたらす事ができませんでした」
「とんでもない、名探偵」王は叫んだ。「これ以上の成果は望めん。彼女に二言はないことはよく分かっている。あの写真はもう、火中に投じたも同然だ」
「陛下にそうおっしゃって頂けて感謝いたします」
「君には非常に恩義を負った。望む褒美を言ってくれ。この指輪はどうだ」王はエメラルドのスネークリングを抜き取り、手の平に置いた。
「陛下はもっと値打ちがありそうに見受ける物をお持ちですが」ホームズは言った。
「なんでも渡すが、どれだ?」
「この写真です!」
王は驚いてホームズを見つめた。
「アイリーンの写真!」彼は叫んだ。「良かろう、それが望みなら」
「ありがとうございます、陛下。この件に関してはもう何もできることはありません。それではごきげん麗しく」ホームズはお辞儀をすると、王が差し伸べた手に目もくれずに背を向け、私と一緒に自宅に向かった。
これが、いかに重大なスキャンダルがボヘミア王に降りかかる恐れがあったか、そしてどのようにしてシャーロックホームズ最高の策略が、一人の女性の機転によって打ち負かされたかという一部始終である。以前はよく女性の浅知恵を冷やかしたホームズだったが、最近それは聞かれなくなった。そして、ホームズがアイリーン・アドラーのことや彼女の写真について話す時は、いつもこの尊称を使うのだ ―― あの女。
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