「カントルマー卿です」
「お通ししてくれ、ビリー。この方は超上流社会を代表する高名な上院議員だ」ホームズは言った。「彼は優秀で忠実な人物だ。しかしかなりカチカチの旧体制派だ。ちょっとほぐしてやろうかな?あえてちょっとぶしつけな事をしてみるか?彼は何が起こったか、全く知らないだろうしな」
扉が開いて痩せた重苦しい人影が招き入れられた。細くとがった顔に垂れ下がった中期ヴィクトリア朝の黒々と光沢のある頬髯を生やしているが、曲がった背中とよぼよぼした足取りにはまるで似合わない。ホームズは愛想よく歩み寄り、気乗りのしない手を握り締めた。
「はじめまして、カントルマー卿。この季節にしては寒いですね。しかし室内はちょっと暖かいです。コートを預かりましょうか?」
「いや、結構だ。脱ぐ気はない」
ホームズはしつこく肩に手をかけた。
「コートを預かりましょう!友人のワトソン医師が、こういう温度変化が一番油断ならないと言ってくれる」
カントルマー卿はちょっとイライラして手を振り払った。
「別に暑くはない。そんなに長くいる必要はない。私はただ君が自ら引き受けた仕事の進捗状況を知るためにちょっと寄っただけだ」
「大変です、・・・・非常に大変です」
「そうなるんじゃないかと心配していたんだ」
カントルマー卿の言葉と態度には、はっきりと軽蔑の様子があった。
「誰でも自分の限界を知る時がある、ホームズ君。しかし少なくともそれで自己満足という弱点を矯正できるのだ」
「ええ、私は非常に途方にくれています」
「もちろん、そんなところだろう」
「特に一つの点に関してです。よろしければご助力いただけますか?」
「私の助言を聞くのがちょっと遅すぎるよ。君は独自の何でも出来るやり方を持っていたと思ったがね。それでも、君を手助けするのはいとわんよ」
「よろしいですか、カントルマー卿。実際の窃盗犯に対してはもちろん告訴することができますね」
「犯人を捕まえた後だが」
「その通りです。しかしお伺いしたいのは、 ―― 宝石の引取人に関してはどのように告訴できるでしょうか?」
「ちょっと時期尚早じゃないかね?」
「事前に準備しておいてもいいでしょう。さて、宝石の引取人に対する決定的証拠とみなせるのはどんなものでしょうか?」
「宝石を実際に持っているという事だ」
「それなら、その人間を逮捕しますか?」
「言うまでもない」
ホームズはほとんど大笑いというものをしなかった。しかし、古い友人のワトソンの記憶にある限り、この時の笑いは最もそれに近かった。
「そういうことでしたら、カントルマー卿。大変心苦しいのですがあなたを逮捕するようにお勧めしなければなりません」
カントルマー卿は激怒した。血色の悪い頬に若い時代の激情の炎が揺らめいた。
「侮辱にも程があるぞ、ホームズ君。50年間の公務でこんな事は一度もなかった。私は忙しいのだ。重要な仕事を手がけていて、馬鹿な冗談を好き好んで聞く時間などない。率直に言って、私は決して君の実力を信じてはいなかった。そして私はずっとこの事件は警察に任せたほうがずっと上手く行くという見解を持っていた。君の態度で私の考えが全部正しかった事が分かった。帰らせて頂く」
ホームズはさっとカントルマー卿と扉の間に立ちふさがった。
「ちょっと待ってください」彼は言った。「実際に、マザリンの宝石を持ち逃げされると、一時的にそれを持っている現場を発見されるよりも、もっと重罪になりますよ」
「もういい加減にしろ!通せ」
「コートの右側のポケットに手を入れてみてください」
「何を言っているんだ?」
「さあ、さあ、言ったようにしてください」
一瞬の後、大きな黄色の宝石を震える手の平に乗せて、カントルマー卿は目をしばたかせ、驚愕に口ごもりながら立っていた。
「何だ!何だ!これはどうしたんだ?ホームズ君」
「いけませんね、カントルマー卿。いけませんね!」ホームズは叫んだ。「この旧友に聞けば分かりますが、僕は悪ふざけをするといういけない習慣があります。それに僕は劇的な場面には我慢が出来ないたちなんです。失礼しました、 ―― 本当に失礼しました。実は、会った時にあなたのポケットに宝石を入れたんですよ」
カントルマー卿は宝石を睨みつけていたが、ホームズの方に笑顔を向けた。
「何が起きたかと思ったよ。しかし、・・・・そう・・・・これは確かにマザリンの宝石だ。君には大変な借りができた、ホームズ君。君のユーモアのセンスは、君も認めたように、少しばかり妙で、あまりにも時をわきまえずに出てくるが、しかし少なくとも、私は自分の意見をすべて撤回するよ。君の驚くべきプロフェッショナルな能力を持っていた。しかし、いったい・・・」
「この事件はまだ終わっていません。詳しいことは後にしましょう。カントルマー卿、あなたはこれから戻って高貴な方々に事件が上手く解決したと連絡すれば、もちろん嬉しいでしょうから、それが、僕の悪ふざけのちょっとした埋め合わせになれば幸いです。ビリー、閣下を案内してくれ。そしてハドソン夫人に言ってくれ。出来るだけ早く二人分の夕食を持ってきてもらえればありがたいと」