最後の挨拶 6 | 最後の挨拶 7 | シャーロックホームズの事件簿 |
「音楽的ではないが、ドイツ語はあらゆる言語の中で最も表現豊かだ」彼はフォン・ボルクが完全にへとへとになって静かになった時に言った。「おやおや!」彼はある写しを箱に入れる前にページの隅を睨みつけて言った。「これで別の鳥を籠に入れることになるな。主計官がこんな悪党だったとは知らなかった。長いこと彼には目をつけていたがね。フォン・ボルクさん、あなたは釈明しなければならないことがたくさんあるな」
逮捕者はちょっとじたばたしてソファに起き上がり、驚きと憎しみが奇妙に交じり合った目で自分を捕まえた男を見つめた。
「きっと復讐してやる、オルタモント」彼はかみ締めるように言った。「一生かかってもきっとお前に復讐してやる!」
「聞きなれた小歌だな」ホームズは言った。「過ぎし日にはどれくらいこの歌を聴いたことか。これは故モリアーティ教授のお気に入りの歌だった。セバスチャン・モラン大佐もその歌をよく歌ったな。それでも僕は生きていてサウスダウンズ*で養蜂をしている」
「地獄に落ちろ、この二重スパイが!」ドイツ人は縛られた紐をぴんと張り、恐ろしい目から殺気をほとばしらせて叫んだ。
「いや、いや、そんなに悪くはない」ホームズは微笑みながら言った。「僕の話ではっきりしたように、シカゴのオルモント氏は実在していない。僕は彼になり、そして彼は消え去った」
「ではお前は誰だ?」
「僕が誰かは本当にどうでもいいことだ。しかしそれに興味があるようだから、フォン・ボルクさん、僕があなたの家系の人間と会うのは、これが初めてではないと言っておこうか。昔ドイツでたくさんの仕事をしてきたから、僕の名前はもしかすると君も知っているかもしれない」
「できたらお聞かせ願いたいもんだな」フォン・ボルクは凄んで言った。
「君の従兄弟のハインリッヒが勅使だった時、アイリーン・アドラーと先代のボヘミア王を別れさせたのは僕だった。それから、君の母の兄のカウント・フォン・ウンド・ツ・グラーフェンシュタインが虚無主義者のクロップマンに殺されそうになったのを救ったのも、僕だった。それから・・・・・」
フォン・ボルクは驚いて椅子の上でのけぞった。
「そんな男は一人しかおらん」彼は叫んだ。
「その通り」ホームズは言った。
フォン・ボルクはうめいてソファに倒れこんだ。「それではお前から来たほとんどの情報は」彼は叫んだ。「価値があるのか?私は何をやってきたんだ?これで私は終わりだ!」
「確かにちょっと信頼できないものだな」ホームズは言った。「少々見直しが必要だが君には見直す時間がほとんどない。ドイツの提督は新しい砲が予想よりちょっと大きく、巡洋艦が少しばかり速いのに気づくかもしれんな」
フォン・ボルクは絶望に自分の喉をつかもうとした。
「他にもたくさん細かい点がある、それはもちろん、しかるべきときに明らかになるだろう。しかし君はドイツ人にはまれな資質を一つ備えている、フォン・ボルク君。君はスポーツマンだ。だから僕に恨みは持たないだろう。他の人間をたくさん出し抜いてきた君が最後に自分自身が出し抜かれた事に気づいたとしてもね。結局、君は君の国のために最善を尽くし、僕は僕の国に最善を尽くした。これ以上自然な事はない。それに」彼は倒れた男の肩に手を置いたて、やさしく付け加えた。「もっと下劣な敵に敗れるよりはましじゃないか。書類の準備ができたよ、ワトソン。この拘束者を動かすのを手伝ってくれれば、すぐにもロンドンに向かって出発できると思う」
フォン・ボルクを動かすのは大変だった。彼は屈強で自暴自棄になっていたからだ。やっと、両方の手を抱えて、友人二人は彼を非常にゆっくりと歩かせ、庭の道を下って行った。そこは、ほんの数時間前、彼が有名な外交官の祝いの言葉を受けたとき、誇り高い自信を持って歩いた道だった。短い最後の抵抗の後、彼は小さな車の予備席に手足を縛られたまま放り込まれた。彼の貴重な鞄は隣に押し込まれた。
「できる範囲で快適にしたつもりだが」彼は最終的な整理ができた時言った。「もし僕が葉巻に火をつけて口に入れれば、無礼な振る舞いになるかな?」
しかしどんな礼儀も怒れるドイツ人には通用しなかった。
「お前は気づいていると思うがな、シャーロックホームズ君」彼は言った。「もしイギリス政府が君のこの行動を支持すれば、これは戦争行為になると」
「ドイツ政府とこの活動の全ては何なんだ?」ホームズは鞄を叩いて言った。
「お前は民間人だ。逮捕状など持っていない。全ての行動は完全に不法かつ非道だ」
「全くその通りだな」ホームズは言った。
「ドイツ国民を誘拐したんだぞ」
「加えて私文書の窃盗だ」
「よし、お前とそこの共犯者は自分たちの置かれた立場が分かったな。もし村を過ぎるときに私が大声で助けを呼べば・・・」
「おやおや、もしそんな馬鹿なことをすれば、おそらく、肩書きが少なくて嘆いているこの村の宿屋に『プロイセン縛り首宿』という道しるべを提供することになるでしょうな。イギリス人は忍耐強い国民だが、現在はちょっと頭に血が昇りやすくなっていて、あんまり刺激しないほうがいいでしょうね。だめだな、フォン・ボルクさん、あなたは我々と一緒に静かに、物分かりのいい態度でロンドン警視庁に行ってもらう。そこで君は友人のフォン・ヘリング男爵を呼びにやっていい。そして今でも、彼が君のために使節団の中に確保しておいた場所がそのままかを確認するがいい。君は、ワトソン、これまでの様子では、昔のように僕の仕事を手伝ってくれるつもりみたいだから、ロンドンまで来てくれるよな。このテラスの上で一緒に立ち話しをしよう。静かな話ができるのはこれが最後の機会かもしれない」
二人の友人は数分間、かつての日々をもう一度思い出しながら、親密に話し合った。その間拘束者は縛られた紐を解こうと空しく身をよじっていた。彼らが車の方に向き直った時、ホームズは月光に照らされた後ろの海を指差し、考え深げに頭を振った。
「東風が吹いてきたな、ワトソン」
「違うだろう、ホームズ。とても暖かいぞ」
「いつまでも昔のワトソンだ!どんなに時代が変わっても君は変わらないな。ずっと東風が吹いていたが、こんな風がイギリスに吹いたことはない。冷たく厳しい風になるだろう、ワトソン。この突風の前に多くの善良なイギリス人が消える*かもしれない。しかし、それでもこれは神の風だ。そして嵐が去った時、より清らかで、素晴らしく、強い国が太陽を浴びているだろう。エンジンをかけてくれ、ワトソン、そろそろ出かける時間だ。僕は500ポンドの小切手を持っているが、早く現金化しなければ振出人が差し止めかねない。もし彼がそうできるならだがね」
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