コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「『私の話は、ここからが一番驚くべき部分に差し掛かる、息子よ。決起の間、船員は前檣の帆桁を引き揚げていた。しかしボートが船を離れた時、彼らはもう一度帆を四角に張った。北東から微風があったので、船は次第に遠ざかって行った。ボートは、長く滑らかにうねった波の上に残され、上がったり下がったりしていた。エバンスと私は一行の中で最も教育を受けた人間だったが、船首の中に座って現在地を計算し、どの沿岸に向かうべきかを計画していた。500マイル北方にあるカーボベルデか、700マイル東のアフリカ沿岸かは、難しい問題だった。総合的に判断して、風が北方向に吹いていたため、シェラレオネに向かうのが一番だと考えた。その頃ボートの右舷後方にいた親船は、ほとんど船体が見えなくなりかけていた。船を眺めていると突然、真っ黒い煙が吹き上がるのが見えた。それは非常に巨大で、水平線に怪物めいた木が生えたようだった。何秒か後、雷がとどろくような音が耳を襲った。そして、煙が薄くなった時、グロリア・スコット号は影も形もなかった。次の瞬間、我々はボートの舳先をもう一度返して、もやが海面にたなびいて、まだ惨事の現場を指し示している場所に向かって、全力で櫂をこいだ』」

「『ボートが現場に達するまでにかなり時間がかかった。そして最初は、生存者を救助するには手遅れだと思った。船が沈没した場所には、バラバラになったボートと、無数の木箱と、マストの破片が、波間に揺られていたが、生存者の痕跡はなかった。このため、望みはないと考えて引き返した。その時助けを呼ぶ声が聞こえ、少し離れたところに難破船の破片が見えた。その破片に男が横たわっていた。男をボートに引き揚げた時、それはハドソンという名の若い船員だと分かった。ハドソンは非常にひどいやけどを負い、疲労困憊していたので、次の朝まで何が起きたかを説明することができなかった』」

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「『どうやらこういうことのようだった。我々が去った後、プレンダガストと彼の一味は五人の捕虜を次々に殺害し始めた。監視人の二人が撃たれ船縁から投げ捨てられた。三人目も同じように撃たれた。プレンダガストはその後、中甲板に降りて行き、医者の喉を自らの手で切り裂いた。残るは一等航海士のみだった。一等航海士は大胆で行動力のある男だった。彼は囚人が近付いてくるのを見た時、拘束を解いて血まみれのナイフを手に飛び出した。縄は何らかの方法で緩められていたのだ。そしてデッキに駆け下りると、後部船倉に飛び込んだ。拳銃を手に一等航海士を探して降りて来た12人の囚人は、彼がマッチ箱を手にし、蓋を開けた火薬樽の隣に座っているのを見つけた。それは積み込まれた百樽の一つだった。そして、もしちょっとでも危害を加えるような事があると全てをぶっとばしてやると罵っていた。その直後、爆発が起こった。しかし、それは航海士のマッチではなく一人の囚人が撃った弾が誤って当たったために起きたとハドソンは考えていた。原因はどうあれ、これがグロリア・スコット号と指揮権を奪った暴徒の最期だった』」

「『手短に書いたが、息子よ、これが、私が関係した恐ろしい事件の一部始終だ。次の日我々はオーストラリア行きのホットスパー号というブリッグ船に拾い上げられた。船長は我々が沈没した旅客船の生存者だということをあっさり信用した。囚人護送船グロリア・スコット号は、海事裁判所で行方不明として記録され、その船の本当の運命に関しては誰も知らなかった。素晴らしい航海の後、ホットスパー号は我々をシドニーに降ろし、ここでエバンスと私は名前を変え採掘に道を見出した。そこでは、色々な国からやって来た人間にまぎれて、簡単に元の素性を捨てる事が出来た。これ以降は話す必要はないだろう。二人は大儲けをし、旅をし、裕福な植民地の住人としてイギリスに戻って来た。そして田舎に土地を買った。20年以上の間、平和に有意義な人生を過ごした。そして過去は永遠に封じ込めたものと思っていた。想像してくれ、あの船員がやって来た時の私の気持ちを。私はすぐにあの男が、難破船から拾い上げた男だと気付いた。彼は何らかの方法で後を追って来て、我々をおどして生活し始めた。私がどれほど彼と上手くやっていこうと必死だったか、もう分かってくれるだろう。そしていくらか私の心中を察してもらえるだろう。私の心からあふれそうになっていた恐れを。今彼は私の元を去り、暴露すると脅す別の犠牲者の元へ行った』」

「その下に非常に震えてほとんど読めない字があった。『ベドーズが暗号で私にH. が全てを話したと告げた。神よ、我らが魂に慈悲を垂れたまえ』」

「これが僕があの夜トレバーに読み上げたものだ。ワトソン、あの状況下で、これは劇的な事だったと思う。トレバーはこの件で悲嘆にくれ、タライの茶農園に行き、上手くやっていると聞いている。ハドソンとベドーズに関しては、警告の手紙が書かれた日以降、二人の消息は途絶えた。彼らは二人とも完全に失踪した。警察には告訴の申し立てがなかった。つまり、既に脅迫内容が実行されたというのは、ベドーズの早合点だったのだ。ハドソンはこのあたりに潜んでいるのを目撃されている。そして警察はハドソンがベドーズを殺害して逃走したと判断している。僕自身は真実は完全に逆だと考えている。最もありえるのは、ベドーズは自暴自棄になるまで追い詰められ、既に事が表沙汰になったと考えて、ハドソンに復讐をし、そして持てるだけの金を携えてこの国から脱出した。これがこの事件の真相だ、ワトソン。もしこれが君の事件簿に役立つなら、自由に使ってもらって構わない」