最後の事件 7 | 最後の事件 8 | シャーロックホームズの帰還 |
私は事件の恐怖に意識が遠くなりかけ、そこに一、二分立ち止まって自分を取り戻そうとした。それから私はホームズの手法を思い出し、この惨劇を解明するために利用しようとした。それは、ああ、あまりにも簡単だった。私とホームズが話していた時、私たちは道の終わりまで行っていなかった。そして私たちが立っていた場所に登山杖があった。黒っぽい土は絶え間なく水しぶきを浴びて常に柔らかく、鳥が止まっても足跡が残りそうだった。二筋の足跡が両方とも私から遠ざかる方向に道の終わりにまで綺麗に伸びていた。戻ってくる足跡は無かった。行き止まりから数ヤード手前の地面は乱されてぬかるみとなっていた。そして絶壁の縁に生えていたイバラとシダが引きちぎられ、泥にまみれていた。私は顔を下に向けて、包むように湧き上がる霧の向こうを覗いた。私がここを立ち去った時より暗くなってきており、所々で光を反射する濡れた黒い壁と、はるか下の竪穴の終わりで砕けた水が輝いているの見ることができるだけだった。私は叫んだ。しかし相変わらずどこか人間の叫びのような滝のとどろきが私の耳に返ってくるだけだった。
しかし私の運命は最終的に我が友人、我が親友から最後の挨拶を受けることになっていた。私は、登山杖が道に突き出した岩に立てかけられていたと説明したが、この岩の上に、何か光るものが目に入った。私が手を伸ばすと、光っているのは、彼がいつも持っていた銀の煙草入れだと分かった。それを取り上げると、上に置かれていた小さな四角い紙が、地面にひらりと落ちた。それを開くと、ノートから破り取られた紙が三枚あり、私宛の手紙だと分かった。いつも通り、行は定規で計ったように揃っており、筆跡はしっかりと明瞭で、まるで書斎で書かれたもののようだった。
親愛なるワトソンへ
僕はこの手紙をモリアーティ氏の厚意で書いている。彼は二人の間にある諸問題について最終的な話し合いをしたいと、僕が時間を都合するのを待っている。彼はどのようにしてイギリス警察の手を逃れたか、いかに僕達の行動を見張っていたか、その手口をざっと語ってくれた。僕は彼の能力を非常に高く評価していたが、これは間違いなくそれを裏付けるものだった。僕は、社会に対する彼の影響をこれ限りで取り除けると思うと嬉しい気持ちだ。しかし僕はその対価が友人たちに苦痛を与えることを恐れている。特に、親愛なるワトソン、君に対して。しかし、既に君に説明していたように、僕の仕事はとにかく重大な局面をむかえていたのだ。そしてこれ以上、僕にふさわしい結末はありえないだろう。君に正直に告白しよう。実はマイリンゲンから来た手紙が偽物だということは、僕には完全に分かっていた。そしておそらくこういう展開になりそうだという確信がありながら、僕は君をその使いに行かせたのだ。パターソン警部に伝えてくれ。一味を有罪にするのに必要な書類は整理棚のM、モリアーティと書かれた青い封筒の中にすべて入っている。僕はイギリスを発つ前に全ての財産を処分し、兄のマイクロフトの手に預けた。奥さんによろしく伝えてくれ。親愛なる友人へ。
さようなら
シャーロックホームズ
残りの部分を語るのに、それほど言葉は必要ないだろう。二人の男がこのような状況で争えば、お互いの腕をつかみ合ったままよろめいて転落するのが避けられない結果だという事は、警察の調査においても疑問がでなかった。死体を回収できる見込みはまったくなかった。そして、深い底、渦巻く水と沸き立つ泡の恐ろしい大釜の中に、この時代の最も恐ろしい犯罪者と最も優れた法の擁護者が今も沈んでいる。スイス人の青年は二度と見つからなかった。そして彼がモリアーティが雇っていた数多くの手下の一人だったことにまったく疑問はない。悪の一味に関しては、ホームズが集めた証拠がいかに完璧に彼らの組織を暴いたか、そして亡きホームズの手がどれほどの重さで彼らを押しつぶしたか、民衆の記憶に残っているに違いない。彼らの恐るべき首領に関しては、裁判が進む中でもほとんど詳細が明らかにならなかった。そして私が今、彼の経歴について明確な供述をせざるを得なくなったのは、無分別な擁護者が原因だ。彼らはモリアーティの過去を清めるために、ある人物を攻撃しようとしている。その人物こそ、私がこれまで出会った中で最も素晴らしく賢明な男だと永遠に尊敬し続ける人物なのである。
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