瀕死の探偵 5 | 瀕死の探偵 6 | レディ・フランシス・カーファックスの失踪 1 |
ホームズの声はほとんど音にならないつぶやきになっていた。
「何だと?」スミスが言った。「ガス灯を明るくしてくれ?ああ、目が見えなくなってきたのか?いいだろう、明るくしてやる。そうすれば私もお前がよく見えるからな」足音が聞こえ、突然部屋が明るくなった。「何か他にして欲しいことがあれば言うがいい、出来ることならやってやろう」
「煙草とマッチをくれ」
私は喜びと驚きでほとんど叫びだしそうになった。彼は自然な声で話していた、 ―― ちょっと弱々しかったかもしれないが、聞きなじみのあるホームズの声だった。長い沈黙があった。私はカルバートン・スミスが呆然として、ホームズを見下ろしているのを感じた。
「これはどういうことだ?」ついに、彼が乾いた耳障りな声で言うのが聞こえた。
「いい演技をする一番のコツは、役になりきることだ」ホームズは言った。「実を言うと、三日間僕は飲まず食わずだった。君がご親切にもコップの水を飲ませてくれるまでな。しかし一番イライラしたのが煙草だ。ああ、ここに紙巻煙草がある」マッチをする音がした。「これで生き返ったよ。おや!おや!あれは友人の足音かな?」
外側で足音がし、扉が開き、モートン警部が現れた。
「すべて計画通りで、犯人はこの男だ」ホームズが言った。
警官はいつもの警告を与えた。
「ビクター・サビジ殺害容疑でお前を逮捕する」彼はこう締めくくった。
「シャーロックホームズの殺人未遂を付け加えてもいいかな」ホームズはクスクスと笑いながら言った。「警部、カルバートン・スミスさんは親切にも、病人に手間をかけさせないようにガス灯を明るくして合図をしてくれた。そうそう、この男のコートの右側のポケットに小さな箱が入っている。取り出しておいたほうがいいだろう。ありがとう。もし僕が君ならそれは慎重に扱うよ。ここに置いてくれ。裁判で役に立つだろうな」
突然、駆け出す足音と格闘の音がした。その後に鉄が当たる音と苦痛の叫びが続いた。
「痛い目にあうだけだぞ」警部が言った。「じっとしていろ、いいな?」手錠をかけるカチリという音がした。
「とんだペテンだ!」甲高くとげとげしい叫び声がした。「これで被告席に送られるのは、私ではなくお前だ、ホームズ。彼は私にここへ来て治療するようにと頼んだんだ。私は哀れだと思ったからここに来た。これからあの男は間違いなく嘘をつくつもりだ。おかしな疑惑の証拠として、私があれこれ言ったなどと、作り話をするぞ。なんとでも嘘をつけばいい。ホームズ、私の証言能力はお前と対等だ」
「しまった!」ホームズが叫んだ。「ワトソン、完全に忘れていたよ。本当にすまない事をした。君の事を忘れてしまうとは!ついさっき会ったはずだから、カルバートン・スミスさんに紹介する必要はないな。下に辻馬車を待たせているか?服を着たら後から行くよ。警察署で役に立つことがあるかもしれない」
「これ以上ひもじい思いをしたことはない」ホームズは身支度の間に赤ワインとビスケットで元気を取り戻した時に言った。「しかし、君も知っての通り、僕の生活は不規則で、普通の人間よりもこういう事はこたえない。ハドソン夫人に僕が大変な状態になったという印象を与える事は、非常に重要だった。彼女が君を連れて来て、その後君が彼を連れてくる計画だったからだ。気を悪くしないよな、ワトソン。君には色々と才能があるが、嘘をつくというのは見当たらないようだし、僕の秘密を知っていれば、君には決してスミスに絶対にここに来るべきだという印象を与えることができなかったということは、理解してくれるだろう。ここがこの計画全体の急所だったのだ。僕は、彼の執拗な性格を知っていたので、自分の小細工の結果を確認しにやってくるだろうと確信していた」
「しかしホームズ、その風貌は?それに真っ青な顔色は?」
「ワトソン、三日間も完全に絶食すれば見栄えが良くなるはずはないよ。それ以外の点については、スポンジで綺麗に落とせないものはない。額にワセリンを塗り、目にベラドンナを入れ、頬骨に紅をつける、そして蜜蝋のかさぶたを唇につければ、非常に満足できる効果が得られる。仮病というのは僕がいつか論文を書こうと思っているテーマだ。時々、半クラウン金貨、カキ、それから他の関係ないことを話すと、幻覚状態にふさわしい効果が得られる」
「しかしなぜ君は僕を近づけなかったんだ。実際には感染などしなかったのに?」
「よくそんなことが訊けるな、ワトソン?僕が君の医学的才能に敬意を払っていないとでも思っているのか?鋭い診断力を持った君が、いくら弱っているとは言え、熱もなく脈拍も正常な人間を死に掛けているとみなすと僕に想像できただろうか?四ヤード離れていればこそ、君をごまかすことができた。もし、君を騙せなかったら、誰がスミスを僕の手の中に連れてくるのか?いやワトソン、僕はあの箱に触らなかった。横から見れば、開けたときに毒蛇の牙のようなバネが飛び出す所がすぐに分かる。哀れなサビジが、 ―― 彼はあの怪物が復帰財産権を得る邪魔になっていた ―― 殺されたのはおそらくこういう装置だったのだろう。しかし君も知っての通り、僕の文通相手は非常に幅が広く、僕宛の荷物は何でも若干注意して当たることにしている。陰謀が実際に成功したと思わせれば、間違いなく本人から自白を引き出せそうだった。僕は真の芸術家の完璧さであの演技をやり遂げた。ありがとう、ワトソン、コートを着るのを手伝ってくれないか。警察署での仕事が終わったら、シンプソンズ*で何か栄養のあるものを食べるのもいいんじゃないかと思う」
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