這う男 5 | 這う男 6 | ライオンのたてがみ 1 |
それほど多くのものはなかったが、それで十分だった。空の薬瓶が一つあり、もう一つの瓶はほとんど一杯だった。皮下注射器と外国人が書いた判読しにくい手紙が何通かあった。封筒についていた印は、秘書が開けないようにと言われていた手紙だったことを示していた。どの手紙も、差出人はコマーシャル・ロードで、A.ドーラックのサインがあった。内容は、プレスベリー教授に新しく薬瓶を送った時の送り状や料金を受け取ったという領収書だった。しかし一通だけより教養ある筆跡で、オーストリアの切手にプラハの消印が押された手紙があった。「目的の手紙はこれだ!」ホームズは封筒を引き裂きながら言った。
拝啓
あなたの表敬訪問以来、私はあなたの症例をよく検討してきました。そしてあなたの状況では、治療を受けたい特別な理由があるとはいえ、それでも注意を払うように申し上げなければなりません。ある種の危険がないとは言えないという私の研究結果が出ています。
類人猿の血清のほうが良い可能性があります。ご説明したとおり、私は試料が入手できるために黒面ラングールを使いました。ラングールは、もちろん、這って歩き、木に登ります。一方類人猿は直立歩行し、あらゆる面で人間に近縁です。
この治療方法が早まって露見する事がないようにできる限りの用心をしていただくようにお願いします。私にはもう一人イギリスの患者がおり、ドーラックは両方の代理人です。
週報の提出をお願いします。
敬具
H.ローウェインスタイン。
ローウェンスタイン!その名前を聞いた時、私は得体の知れない科学者について書いてあった新聞記事の断片を思い出した。彼はなんらかの未知の方法で若返りと不老長寿の秘密に邁進していた。プラハのローウェンスタイン!驚くべき強さを与える血清を持っていたローウェンスタインは、彼がその出所を明かさなかったので職業仲間から相手にされなかった。私は自分が覚えていたことを簡単に説明した。ベネットは本棚から動物学の手引書を取り出した。「『ラングール』」彼は読み上げた。「『ヒマラヤ山麓に住む大きな黒面の猿、最大で最も人間に近い木登り猿』色々な詳細が書いてある。あなたに感謝します、ホームズさん。このおぞましい事件の根源が突き止められたことは間違いありません」
「本当の根源は」ホームズは言った。「もちろん、あの年齢をわきまえない情事にある。これが衝動的な教授に、望みをかなえるには自分自身を青年に変えることしかないという考えをもたらした。もし人間が自然の上を行こうとすれば、その下に落ちることは避けられない。人間が宿命の真っ直ぐな道を外れれば、最も高度な知能を持った男でも動物に戻ってしまいかねない」彼は薬瓶を手にして、その中の透明の液体を見つめながらしばらくの間座って物思いにふけっていた。「僕がこの男に、毒物を流通させた刑事責任を問う手紙を書けば、もうこれ以上心配する事はないだろう。しかし再発しないとは限らない。別の人間がもっといい方法を見つけるかもしれない。ここには危険がある、 ―― 人類に対する非常に差し迫った危険が。考えてみろ、ワトソン。物質的で好色で俗物的な人間が、価値のない命を永らえる。崇高な人物は、より高いところからの招きを拒んだりはしない。これは非適者生存になるだろう。この世界が下水溜めのようなものにならないことがあろうか?」突然無想家が消え、行動の男のホームズが椅子からさっと立ち上がった。「これ以上話すことはないと思います、ベネットさん。さまざまな出来事がありましたが、いまや大きな状況説明の中にうまく納まるでしょう。犬は、もちろん、あなたより早く変化に気づいていました。彼の体臭がそれを確信させたのでしょう。ロイが攻撃したのは、教授ではなく猿でした。ロイをからかっていたのが猿そのものだったのと同じです。木登りはあの生物の喜びです。そして気晴らしをしている時に娘の窓まで行ったのはただの偶然だと、私は理解しています。ロンドン行きの早朝列車がある、ワトソン。しかしそれに乗る前にチェッカーズでお茶を飲むくらいの時間はあると思う」
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