コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

「とうとう俺にチャンスが巡ってきたように思えた。俺はアグラからマドラスに移され、そこからアンダマン諸島のブレア島に移された。この収容所には白人の受刑者はほとんどいなかった。俺は最初から上手く立ち回り、すぐに特別待遇が許されるようになった。俺はハリエット山の傾斜地にある、ホープ・タウンという小さな場所に小屋を与えられ、ほとんど監視されなかった。そこは荒涼とした熱病のはびこる場所だった。小さな開墾地の外は、人食い原住民がうようよしていた。こいつらは、もし偶然通りかがったりすれば、何時でも毒矢を吹きかけて来る準備をしていた。穴掘り、溝堀り、ヤム芋栽培、他にも山ほどする仕事があったから、受刑者は日中非常に忙しかった。しかし夜になると、少し自分の時間を持つことができた。色々な作業の合間に、俺は外科医の手伝いの仕事をして薬の調合も教えてもらい、医学の知識を聞きかじった。俺はいつでも、逃げるチャンスを伺っていた。しかしこの島は他の陸地から数百マイル離れていて、このあたりの海域には全くといっていいほど風がなかったので、脱走は非常に困難な仕事だった」

「外科医のソマートン博士は、テキパキしたスポーツ好きな若い男だった。夕方になると彼の部屋に集まってトランプをする習慣になっていた。俺が薬を調合していた手術室は、居間の隣にあり、その間には小さな窓があった。俺は、寂しくなると、手術室のランプを消してから、その窓辺に立って、彼らが話したりトランプをするのを見ていても、何も言われなかった。俺は自分でトランプをするのも好きだし、他人がやっているのを見るのも同じくらい楽しかった。トランプの仲間は、地元の兵隊を指揮していたショルト少佐、モースタン大尉、ブロムリー・ブラウン中尉、外科医、それから、二、三人の刑務所職員だ、 ―― こいつらは悪賢い年寄りで、巧妙な手堅い勝負をしていた。こういう、顔見知りの少人数が集まってよく勝負をしていた」

「すぐに俺は一つの事に気づいた。それは勝つのは大抵民間人で、負けるのは軍人だといういう事だ。早まるなよ。何か不正があったと言っているわけではない。しかし事実そうだったのだ。この刑務所職員はアンダマン諸島に来て以来、トランプ以外にすることがほとんどなかった。そしてお互いの手の内を知り尽くしていた。一方、それ以外の人間はただ暇つぶしをしているだけで、適当にカードを交換しているだけだった。毎晩毎晩、軍人は金を失い、そして金を無くせば無くすほど、熱心にトランプをしたがった。ショルト少佐が一番やられていた。はじめは紙幣と金貨で遊んでいたが、すぐに巨額な約束手形となった。彼は時々、勝負に勝つことがあった。それは、ただ一息ついただけに過ぎず、その後ツキに見放されて以前より悪くなった。彼は一日中不機嫌そうに歩き周り、酒に溺れるようになった」

「ある夜、ショルト少佐は普段よりもさらにこっぴどく負けこんだ。俺が自分の小屋にいると、彼とモースタン大尉が家に帰る途中、よろめきながら通りがかった。二人は親友で、いつでも一緒に行動していた。少佐は失った金を嘆き悲しんでいた」

「『何もかもおしまいだ、モースタン』彼は俺の小屋を通り過ぎる時に言った。『辞表を出すしかない。俺は破滅だ』」

「『馬鹿な事を言うな!』モースタン大尉は彼の肩を叩きながら言った。『俺もひどく負けているよ、しかし・・・・・』そこから先は聞き取れなかった。しかしこれで十分状況はつかめたので、俺は計略を練り始めた」

「二日後、ショルト少佐は浜辺をぶらついていたので、話し掛けるチャンスがあった」

「『すこし相談したいことがあるんですが、少佐』俺は言った」

「『スモールか、何だ?』彼はくわえていた葉巻を取りながら尋ねた」

「『うかがいたいんですよ』俺は言った、『隠された財宝を誰に渡すのが適当か。俺は50万ポンドの財宝のありかを知っているんですが、自分では使いようがないんで、関係当局に引き渡せば、もしかして、刑期を短くしてもらえるかもしれない。多分、俺に出来る一番いい方法は、それかもしれないと思ったんですよ』」

「『50万ポンドだと?スモール』彼は俺が正気なのか確かめるように睨みつけて、うめくように言った」

「『それくらいです、 ―― 宝石と真珠で。誰でも手に入れられる場所にあります。しかも、面白い事に、本来の持ち主が追放されて、財産を没収されたために、その財宝は最初に発見した人間の物になるんです』」

「『政府の物だ。スモール』彼はどもった。『政府の物だ』しかしその言い方にはためらいがあった。そして俺は心の中で彼に取り入ったと思った」

「『では、この情報を総督に言うべきだとお考えでなんですね?』俺は静かに言った」

「『いや、いや、早まった事をしちゃいかん。そうでないと悔やむ事になりかねない。全て聞かせてくれ、スモール。事実を教えてくれ』」

「俺は彼に場所を感づかれないようにちょっと手を加えた上で、全部の話をした。俺が話し終わった時、彼はじっと立って考え込んでいた。唇は震えており、心の中で葛藤があることが見て取れた」

「『これは非常に重要な事だ、スモール』彼は遂に言った。『この件について誰にも何も言ってはいかん。後ですぐにもう一度話し合おう』」

「二晩たって、彼と友人のモースタン大尉が、真夜中にランタンを持って俺の小屋にやってきた」

illustration

「『おまえ自身の口から、もう一度モースタン大尉に話してくれ、スモール』彼は言った」

「俺は前と同じ話をもう一度した」

「『本当らしいだろう?』彼は言った。『乗ってみる値打ちはあるんじゃないか?』」

「モースタン大尉はうなずいた」

「『いいか、スモール』少佐は言った。『この友人と私はこの件について話し合った。そして我々のだした結論はこうだ。お前のこの秘密は、ほとんど政府の関与するものでなく、最終的にはお前の個人的な問題に過ぎないので、当然お前が納得の行くように使う権利がある。当面の問題は、お前がその財宝にどんな対価を要求しようというのかだ。条件が折り合えれば、それを受け入れてもいい。少なくとも検討してみる気にはなっている』彼は出来る限り落ち着いて、無頓着な言い方で話そうとしていたが、その目は興奮と強欲にギラギラしていた」

「『それに関しては』俺は冷静になろうと務めながらも、ショルトと同じように興奮て答えた。『俺の立場の人間にできるのは、たった一つの取引しかない。俺は自由になるために助けが欲しい。そして三人の仲間も同様だ。そうしてもらえれば、俺たちはあんた方を仲間とし、二人の分け前として財宝の五分の一を差し上げよう』」

「『フン!』彼は言った。『五分の一の分け前!たいして魅力的じゃないな』」

「『一人5万ポンドなんですよ』俺は言った」

「『しかしどうやってお前を自由にできるんだ?お前は自分が無理な話をしているのは、よく分かっているだろう』」

「『そんなことはない』俺は答えた。『俺は最後の最後まで考え抜いてある。航海に適した船を入手し、長い航海が出来る食料の用意さえ出来れば、いつでも脱出できる。カルカッタかマドラスには小さなヨットやヨールがいっぱいある。これは、俺たちの脱走にはぴったりだ。それを一艘持ってきて欲しい。俺たちは闇にまぎれてそれに乗り込む。インド沿岸のどこかの港に俺たちがつけば、それでこの取引におけるあんた方の役目は完了だ』」

「『お前一人ならな』彼は言った」

「『全員か、なしかだ』俺は答えた。『俺たち四人はいつも一緒に行動すると誓った』」

「『分かっただろう、モースタン』彼は言った。『スモールは約束を守る男だ。友人を見捨てたりしない。彼を信頼してもよさそうじゃないか』」

「『後ろめたい仕事だな』モースタン大尉が答えた。『しかしお前の言うとおり、その金があれば、首にならずにすみそうだな』」

「『よし、スモール』少佐は言った。『お前の要求をかなえなる前に、まず調査する必要がある。当然だが、最初にお前の話が真実かを確かめなければならない。どこに箱が隠してあるか言え。そうすれば俺は休暇をとって月次交代船でインドに戻り、お前の話を調査する』」

「『そう急ぎなさんな』俺は向こうが熱くなればなるほど、どんどん冷静になってきた。『俺は三人の仲間の承諾をとらねばならない。四人一緒だと言っているだろう』」

「『馬鹿な!』彼は割って入った。『我々の取り決めに、黒人三人が口をだすのか?』」

「『黒でも青でも』俺は言った。「『彼らは俺の仲間で、俺たちは全員一緒に行動する』」